西日の誘惑

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この季節、西日が射し込む午後のオフィスには、居心地の悪さを感じる。 外回りを終えた同僚や上司が、ただいま、の掛け声を伴って、こぞって帰社する時間帯。私は、お疲れ様です、と応えるも、パソコンからは目を離さないでいた。 そんな時、視線を感じた。 絡みつくような、気配を後ろから。 今、戻ってきた誰かが、私を見ている。 さり気なくPCをブラックアウトさせる、写し出された背後には、真っ黒の色付き眼鏡を掛けた、いつもの彼がこっちを見ていた。 …また黒木さんか。 彼は黒いレンズのサングラスを常備している。 朝でも夜でも、室内でも。 目の病気だと言う事だが、当然、印象が悪かった。 しかも、無愛想で取っつき難く、殆ど喋った事がない。 よくこれで、仕事が取れるなと思ったが、営業成績はいつもトップクラス、技術に関しては、断トツのスキルと言うことだ。 寡黙で、仲の良い同僚もなく、人と連む事がない、仕事で組んだ事もない、浮いた話も聞かない、入社6年目。 真面目と言う人畜無害の仕事マシーンと思っていた。 まだ見られている。 気のせいではなく、度々、視線を感じる事があって、もうけっこう経つ。 今みたいに確認すると、決まって黒木さんがいる。 きっと彼には、何かある。 自意識過剰か、それともそのサングラスで閉ざされた、表情のせいなのか。 私は、苛立ちを覚えた。 この西日。 黒木さんじゃなくても、サングラスが欲しいところだ。 不快感が募り、小休止。お茶でも飲もうと、席を立とうとした時。 「葵さん」 「は、はい」 突然、呼ばれた名前。 声の主は、黒木さんだった事に、少し戸惑う。 もっとも、私を姓ではなく名で呼ぶ人は社内には多い。それは、『佐藤さん』が同じオフィスに、もう二人いるせいだ。 それにしても、彼が、私に用事とは、珍しい。初めての事かもしれない。 「今、お話し大丈夫でしょうか」 「はい。丁度、お茶にしようかと思っていたところですから」 「でしたら、デイコーナーで」 私達は、社で食事や、休憩が取れるエリアに移動した。
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