一章 通りすがりのお願いごと

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 これは、困ったことになってしまった。  有史が答えあぐねていると、少女はベンチから飛ぶように身軽な動きで降り、自分と向かい合うように立った。あまり背が高くない少女の目線は、ベンチに座る有史の目線とあまり変わらない。 「ねえ、おにーさん」 「……なに」  きっと親や教師から、世間にとっての大事なことを教えられている時期だ。まさか命の大切さ云々と諭そうとするのではないだろうか。やることもない自分には子供の自信たっぷりなお説教を聞いてあげる時間は山ほどあるのだが、とてつもなく面倒だ。有史はにこにこと見つめてくる幼い瞳をうろんげに見返した。もし諭そうとしてきたら、無視して家に帰ってしまおうか。 「あのね、命がいらないんだったら……おにーさんのその命、わたしに預けてみませんか?」 「は?」  面倒だとかいう以前に、まるで遊びに誘うかのような無邪気さで発せられた、あまりにも突飛な言葉に有史は思わず聞き返してしまった。  やられたと、正直思った。内容がどうであれ、これでは無視することもできないではないか。
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