一章 通りすがりのお願いごと

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「俺に頼むより、親のほうが現実的だと思うけど」  すこし投げやりな言い方になっていたかもしれない、自分は子供相手に何をやっているのだろう。有史は心の中で苦い顔をして、横目で少女を見遣る。少女は「うーん」と唸りながら、困ったように笑っていた。 「わたし、親がいないんだー。施設育ちってやつ」  そこで一旦区切ってから、彼女は様子をうかがうような視線を有史に向けてきた。見覚えのあるこれは、同情されたくない類の目だ――ああ、また思い出している。  じわりと胸中を侵してくる感情をごまかすように、有史はタバコに口をつけた。昔の自分がどういう顔をしていたかなんて知る由もないが、こんな目を周囲の人々に向けていた少女を、自分はよく知っている。 「そうか。施設ってのはわがままを言いづらい場所なのか?」  だから有史は視線をタバコの先に固定して、なんでもないような顔で続きを促すことにした。少しの沈黙のあと、隣からほっとしたような気配が伝わってくる。 「うん。施設には他の子もいるし、わたしより小さい子もいるから。わたしだけがわがまま言うわけにはいかないよ」 「だからって、俺に叶えろと言われても。他の人にしてくれよ、俺より優しいおにーさんなんて腐るほどいる」 「おにーさん、人間がたくさんいたって腐らないよ」 「当たり前だ。みかんみたいに物理的に腐ったら怖いだろう。使い古された例えに文句を言うんじゃありません」
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