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小学四年生まで住んでいた、有史が生まれた小さな町。その町が与えてくれたものの大半は有史にとってどうでもいいものだったが、唯一、幼馴染の真澄との出会いだけは人生で何よりも感謝したいと思えることだった。
いまでも忘れはしない。初めて会ったときの静かな路地裏で、遠くで奏でられるかすかなお囃子を運んできた風も。一緒に駆けまわった季節も。振り返った笑顔や、自分を呼ぶ声ですら。
真澄は有史よりひとつ年上で、名前のとおりに透明感のある綺麗な子だった。普段はおとなしくて控えめに笑う子であったが、本当に嬉しいことがあったとき、それは綺麗な笑顔をみせるのだ。
彼女は有史のようにいたずらで近所から非難の目を浴びることはなかったが、消極的な性格だったためか、同年代の子供の輪にうまく入ることができなかったらしい。
いつしか有史と真澄は家が近いことを口実にして、理由はちがうもののコミュニティから外れてしまった者同士、よく遊ぶようになった。
「ねえ、いいものみせてあげる」
「え、なーに?」
「きて」
「うん!」
有史にはとっておきの場所があった。いわゆる秘密基地というものだ。小学一年生の夏のはじめ、有史はそれを真澄に教えることにした。
その場所を見つけたのは数ヶ月前、小学校にあがるすこし前のことだった。
町のはずれにある高台の、小さな時計塔へと続く道中。とある場所から横の雑木林に入り、真っ直ぐに進んでいくとほんの少しだけ開けた場所に出る。そこは時計塔よりは低いものの町が一望できて、遠くの山に夕日が沈みゆく様を誰にも邪魔されずに眺めることができた。自分にとってつまらない一日が、終わりを告げるように変わっていく空の色を眺めるのは、わりと好きだった。
だから、そんな景色を彼女と眺めることができたなら、それはどんなに素晴らしいことだろうと。有史はそう考えて、真澄に教えることを決めたのだった。
「ここからすこし目をとじてて、手をひいてあげるから。すぐだからね」
「うん、わかった」
「もういいよ。どう?」
「……!」
有史が思ったとおり真澄はとても喜んでくれたし、彼女と見る夕日は綺麗だった。しかしそれ以上に嬉しかったのは、帰り際に「この場所は他のひとにはないしょだよ」と言ったときの真澄の笑顔が、本当に嬉しいことがあったときに見せるものだったということだ。
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