一章 通りすがりのお願いごと

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「わかった」 「あとね、時間は朝の十時でいい、です」 「ああ。あのさ、丁寧な言葉使えるのはえらいと思うけど、無理して使わなくていい。なんかすげー違和感だ」 「う、うん。わかった」 「じゃ、今日は帰れ。俺ももう帰るから」 「うん。じゃあ明日、ぜったいね、十時ね!」  頷くと、トウカは素直に公園の入り口に置いてあった自転車にまたがって、髪を風になびかせながら帰っていった。その背中が見えなくなってから、有史は再びベンチに座って新しいタバコに火をつける。  実のところ、有史はいま自分にひどく落胆していた。こうして誰かと関わってしまった自分に。何を言われても、頑なに断ることはできたはずなのに。  それでもと、時々見つけるトウカと真澄の共通点を言い訳にした。トウカの言動は、なぜか真澄を連想させるのだ。決して見た目が似ているわけではないのだが。  他人に同情されたくなくて、本当に嬉しいときに本当の笑顔を見せて、透明感のある名前を持つ少女。そんなトウカを、有史は無意識に真澄の代わりにしようとしているのだろうか。  なんて愚かな考えなのだろう。  きっと夏の日差しに眩暈がしたのだ。それに、トウカのような小学生の子供は昔の自分たちを嫌でも思い出させる。  有史は自分への言い訳を重ねながら、燻らせた煙が空に溶けていくさまををしばらく眺めていた。
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