序章 遠い約束と手紙

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 しかし有史が四年生、真澄が五年生となった、とても暑い夏。自分たちの世界は壊されてしまうこととなる。とある事件をきっかけに二人は一緒に遊ぶことを互いの親に禁じられ、さらに有史は遠くへ引っ越さなければいけなくなってしまった。  引っ越しをしたあとも、きっと連絡をとることを許されはしないだろう。まだ小学生が携帯電話を持つことのない時代、ほんの子供だった自分たちにとって、親という存在に隠れて連絡をとりあう手段は皆無だった。  引っ越しは、夜の闇にまぎれるように行うこととなった。周りの目を気にして引っ越すことが本当にあるのだと、どこか他人のように感じていたのを覚えている。なぜなら有史は、その事件だけは自分に非はないと確信していたからだ。  それでも世間というものはどこまでも冷たく、普段からいたずらばかりしていた「はみ出し者」である少年を、都合よく守るようなことはしなかった。  有史はただ、真澄が心配だった。学校生活はこれから先何年も続くというのに、自分以外の友達を知らない真澄に、いままでのように安心できる場所を与えることができなくなる。  西に傾いた太陽が高度を下げるにつれて、その心配はじわじわと恐怖へと移り変わっていった。現実味のない引っ越し準備が終わってから見上げた空は、赤く染まるまであまり時間はかからないようだった。  親には最後にこの町を見ておきたいと言って、有史は外へと飛び出した。その言葉に隠した意味に気付いてはいただろうが――もしくは、気付いていたからこそなのだろう――母はなにも言わなかった。町を見るということは、嘘ではないのだから。
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