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「お母さんが、こっそり教えてくれたんだ。……今夜だよって」
声をかけることもできずにその背中を見ていると、真澄は夕日に視線を固定したまま、ひとり言のように話し始めた。
「だから、有史がここに来るんじゃないかなって」
「そっか」
真澄は自分に会いに来てくれたのだ。他の人が別れを惜しむことのないような自分に。なんだか胸が締め付けられるようで、視界がほんのすこしだけぼやける。一度目を閉じて溢れそうになるものを堪えてからゆっくり瞼をあげると、僅かに滲んだ涙に西日が乱反射して、世界がきらきらと輝いて見えた。
彼女の背中越しに見える小さな町、小さな世界は、夢のように美しかった。
「私ね、この町はあまり好きになれないけど、ここから眺める町は好きだったんだよ」
有史は真澄の右隣に腰をおろして、同じようにひざを抱えて町を眺めた。いつも自分が座っていた場所だ。
「うん、俺も」
「きっとね、有史がいたからだね」
その声にどことなく違和感を覚えて、有史は左隣をちらりと見た。そして、すぐに町並みへと視線を戻した。
「……うん、俺も、真澄がいたからだ」
真澄は泣いていた。名前のように透明感のある彼女に似合う、綺麗な涙だと思った。
しばらくの間、互いに無言で景色を眺めていた。眩しいオレンジだった太陽が落ち着いた深い赤になった頃、真澄が再び口を開く。
「前にさ」
「ん?」
「ずっと一緒にいたいねって、話してたけど。だめになっちゃったね」
「連絡とるのも難しいからね。……でも」
あのときも今も、まだまだ遠いけれど。
「大人になったら。大人になって、どこにでも行けるようになったら。そしたらまた、会える。会いにくるから」
今はまだ、ひとつ年上の真澄のほうがすこしだけ背が高いけれど。大人になるころには自分のほうがおおきくなっていて、真澄もきっと、今よりもっと綺麗になっていて。そんな将来を漠然と予想して、ついでに未来の自分をかっこよく想像してみたりして。
「そしたら今度こそ、ずっと一緒にいられるよ」
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