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ジャズが流れ、温暖色のライトが空間を作る。
決して静かではないその場所で、私はグラスの中の氷を揺らしながら会話を続けた。
「普通はさ、その日に提出期限ですって言われてたらそれ以前に一回先輩に確認してもらうとかしない? それをさ、提出その日にもってきて、もう修正する時間ありませんとか……」
「まあ、うちらはそれが普通だって思ってきてるけどさ、新人なんて言われなきゃやらない子が多いじゃない? 」
「いやいや、なんでそれでいいって思うかな」
「じゃあ、美幸が提出までに一度見せてねって言ってあげたらよかったんじゃないの?」
「甘ったれてんじゃないわよ。社会をなんだと思ってるわけ」
何よ。真奈美までそんなこと言うなんて信じられない。
今日は、久しぶりに二人で飲みに行こうって誘ってくれたからつもりに積もった話をしにしたのに。
私は、今日の仕事での出来事を親友の真奈美に話して聞かせたのだが、たった今、後輩指導をする立場の私にも配慮が足りなかったのだと遠回しに批難されているところだ。
新入社員が入ってきてようやくもうすぐ一年が経とうとしている。
この一年間、頑張って新人を育ててきたつもりだ。企画書の提出は完成した状態でもってきてと私は言った。
その完成は、新人が決めるものではなく、上が判断するものであって、その企画が必ずしも通るとは限らない。
その話だって何度もしてきたはずなのに、ここへきて提出日に全く期待外れな企画書を持ってきたあの新人。
悪いのはアイツのはずなのに、なぜ私が批難されなけばならないのよ。
私は、グラスの中に残ったハイボールを一気に喉の奥へと流し込んだ。
「あーあ、そんなに飲んだら明日の仕事に響くよ」
「うるさいわね。大体、あんたがアイツの肩を持つようなことを言うから悪いんじゃない」
「別にそんなことは言ってないでしょ。それに、その普通はってやつやめなよ。人によって普通なんて違うんだからさ、教えてあげればいいじゃない」
真奈美の言葉は全く腑に落ちない。こんなことなら、飲みになんてでなければよかった。
期待通りの言葉をもらえなかった私は、アルコールを体内に入れるだけ入れて、本日は家に帰ることにした。
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