忘れていた記憶

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ーー 「おばあちゃん、支度できた?」 「できてるよ。宿の予約はとれてるのかね?」 「ホテルね。ちゃんと去年から予約してあるよ」  一家団欒の楽しそうな会話。  旅行の当日、交通手段とホテルのチェックインの時間を確認する。 「今度は桜が見たいね。河津桜」 「おばあちゃん、桜なんて毎年見られるでしょ」  家族四人の穏やかな時間。 ーー 「笹山、今度の打ち合わせだけどさ、何かいい案ないかな?」 「そうですね……。私、チャームのことでちょっと提案があるんです」  悩みながらも大きなプロジェクトを任されて、やる気に満ちている社員。 「今回のプロジェクトって新しいデザイナーが本社から派遣されるんですよね」 「ああ。凄い敏腕らしいぞ」 「わあ。楽しみです! 井上さん、絶対にいいものにしましょうね!」  彼らは、憧れのプロジェクトを任され、大手のブランドとのコラボ作品に熱を入れている。 ーー 「そうよ! 今までだって何度もあんたのせいにしてきたのに、その度に井上さんに守られて。ただの出来損ないって言われてるくせにあんたばっかり井上さんを独占してきたじゃない!」 「あー……俺もさ、笹山と付き合う前はお前のこと好きだったんだよ」 「美幸……。おばあちゃんね、朝早くから桜を見に行くって出ていったのよ」  色んな人の声がする。そうだった。私が色んなことをなかったことにしたから。  どうやってなかったことにしたんだっけ? 「お母さん、学校から帰ってきたら、もうユキちゃんはいなかったんだよ」  何であんな嘘をついたんだろう……。  今どれくらいの時間が経ったんだっけ?  ここはどこだろう……。  ふわふわ揺れて、また違う記憶が甦る。それからどうなったんだっけ……。  ああ、また風景が変わってしまう。もう少しでその先が知れるのに。 「知らなくていいこともあるよ」 「……ユキ?」 「なあに?」 「ここはどこ?」 「ここは、美幸の記憶の中」 「記憶の中? 私、行かなくちゃ」 「どこに? 美幸は僕とずっとここにいるんだって言ったでしょ? ほら、思い出して……」    ……ふわふわ揺れる。また違う情景。  これは、二十歳の時。  これは、七歳くらいだろうか。  ……ふわふわ揺れる。 「これでずっと二人きりだね」  近くで聞こえる声は、穏やかで暖かな声。  ……この声は、確か……。 〔完〕 あとがき→
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