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翔太は捕まえたヤドカリをしげしげと眺めると、貝殻の口からひょろりと出ていた触角を指でつまみ、ずるりと引き出した。中から大きなヤドカリの本体が出てきた。赤茶色でゴツゴツとしている。翔太は純粋な好奇心とイノセントな残酷性に突き動かされて、持っていた鉄のスコップでヤドカリを刻み始めた。まず両の前足、大きなハサミを分解した。切断面からは白い繊維質の何かが糸を引くように飛び出てきた。まだ本体はビクビクと動いている。次に翔太は貝殻に隠れていた、歪な形の腹を裂いた。中から茶色い液体が飛び出てきて顔にかかる。「ぅえっ」と言って、海水でバシャバシャと顔を洗った。でもまだ身体は痙攣するように動いている。最後に頭をちぎってみた。まず触角を引っこ抜いた後、スコップでノコギリで引くように丁寧に頭を分離した。さっきまで動いていた複数本の短い足も電池が切れたみたいに動かなくなった。スコップの腹と岩場に挟んで頭をゴリゴリと砕いていると、母親がやってきた。母親は惨状を見て翔太を叱る。命の大切さ、ってやつを諭すが、まだそれを理解するには翔太は若すぎた。翔太は泣きべそをかきながら、もう興味を失ってしまった黄色い貝殻を海に投げ捨てようとするが、中から何かが覗いているのに気づいた。もう1匹ヤドカリが中にいる。さっきより小さなヤドカリ。触角が長くて綺麗だった。1つの貝殻につき、1匹のヤドカリというのが世の常であるのだが、それを常識としてわきまえるには翔太は若すぎた。それに関しては全くの疑問を持たず、「仲良しのヤドカリさんだなあ」と思った。同時に仲良しの片割れを殺してしまったことに少しの罪悪感を覚え、たった今、母親に説かれた命の大切さというものを思い出し、そっと海へ返した。翔太は今日、命の尊さ、というのを学んだ。素晴らしい日である。
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