第1章

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 木内友美の初恋は小学五年生の時だった。相手の男の子は学級委員で、テストではいつも百点を連発するいわゆるガリ勉タイプだったが、それを鼻にかけるようなことをしない好青年振りに心惹かれた。顔は中の上、笑うと両方の頬にできるえくぼがチャームポイントだった。  ところが、体育の授業でバスケットボールをしていたときに味方からのロングパスを顔面でキャッチしてしまい、大量の鼻血を吹き出しながら大泣きをしている姿を見て一気に恋心が萎えてしまった。  二度目の恋は中学二年の時だった。バレーボール部のエースだった彼は長身でルックスも悪くなく、他の女子生徒からも人気があった。  しかし彼は頭が悪かった。  ある日、彼がクラスメートに話しかけていたのを偶然友美が聞いたときのことだった。 「あのさ、駅の名前で『しぶや』ってあるじゃん。あれの〝ぶや〟って漢字でどう書くんだっけ? オレさ、〝し〟はわかるんだけどさ」  この男は本当にバカなんだと思った。それ以上に〝し〟をどう書くのかとても知りたかった。あの時に聞いておくんだったと今でも後悔している。  それ以来、彼女には恋心というものが湧き上がることはなかった。どんな男でも良いところと悪いところがある。それは十分理解しているつもりだが、一度欠点や短所を見つけてしまうとそれを許すことができなくなってしまう。自分自身では完璧主義者ではないと思っているし、そういう人物を見ても許容できるのに、こと恋愛ごとに関しては知らず知らずのうちに完璧を求めてしまうようだ。  男なんて顔が良いとか頭が良いとかスポーツができるというだけで好きになるものではないとある種の悟りにもにた心境に至るにあたり、もう恋なんかしない、いやできないとあきらめかけていた。  そんな彼女が自分に許婚がいることを知ったのは、彼女の誕生日でのことだった。  娘の誕生日に気をよくした父親がワインを飲み過ぎてほろ酔い加減になった頃に、うっかり口を滑らせた。 「友美には子供の頃に約束した許婚がいるんだ」  それは友美には青天の霹靂だった。  恋をしたいとは思わないが、結婚には憧れていた。子を産み、育て、ささやかな幸せを感じながら、穏やかで睦まじい家庭を築いてみたいとは思っていた。だからその時の父の言葉は渡りに船だった。
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