第1章

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 二人と雑談を交わしながら、僕は常に人混みの中で彼女を探していた。なかなか彼女は現れなかった。  待ち合わせの時間を十分以上過ぎた頃、小走りでこちらに向かってくる人影を見つけた。すぐに彼女だとわかった。 「遅れてごめんなさい」  息を弾ませながら頬を紅潮させる彼女はいつもよりも綺麗に見えた。  おはよう、と微笑む彼女の唇を見て、僕は〝自分の中の決意〟を固めた。  電車に乗っている間、僕はいつもよりも口数が少なかったかもしれない。花岡達も気を遣っていたのか、僕と彼女へはあまり話しかけてはこなかった。  目的地に着くと、撮影の段取りについて説明をした。 「まず、空模様を撮ってから、撮影場所の踏切へ向かう。八時半から九時にかけて一番電車の往来が多くなるから、その時間帯を狙って撮影する。やり直しは可能だけど、できれば一発で決めたい」  三人とも真剣な表情で食い入るように説明に耳を傾けていた。 「それと」  そう言ってから、大きく深呼吸した。 「踏切を渡ってきたキョーコはタカキの胸に飛び込んで顔を埋める。それをタカキが抱きしめるところでカメラを止める。キスシーンはナシだ」 「ちょ、ちょっと待ってください」  花岡の声が上ずった。 「あれほどこだわっていたキスシーンじゃないんですか?」  僕は黙ってうなずいた。 「キスシーンだからこそインパクトのあるシーンだったんじゃないんですか?」  これまで台本については文句を言わなかった杉木もこの時だけは食いついた。 「雨の中を抱き合う二人という演出でも十分インパクトがある」  彼女は、何も言わず唇を真一文字に結んでいた。 「じゃあ、いいね。撮影を始めよう」  レインコート姿の杉木は三脚を立て、カメラを固定し、雨に濡れないようにビニールシートをかぶせていた。花岡はしきりに時刻表とにらめっこをして電車が通る時間を予測していた。  僕と彼女は道端で傘を差して撮影が始まるのを待っていた。朝、駅で挨拶した以外は二人とも言葉を交わしていなかったのを思い出した。  彼女はずっと黙ったまま、数メートル先の地面をじっと見つめていた。撮影に向けて集中力を高めているようだった。 「部長、撮影準備できました!」 「そろそろ電車が来ます!」  二人の声を合図に僕と彼女は傘を畳んだ。踏切の前に立つ二人はすでにその時点で全身びしょ濡れになっていた。  カンカンカンカン……。
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