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甲高い警報音が鳴り出す。
彼女が僕に向き直り、セリフをしゃべり出す。
彼女の表情が険しくなる。
そして僕を突き飛ばすと、下りた遮断機をくぐって踏切の向こう側へ走り去る。
振り向いた彼女が大声で何かを叫んでいる。
その声に僕は、ハッとする。
彼女が何と叫んでいるのかは良く聞き取れないが、唇の動きから台本にはないセリフを言っているのだとわかった。
上りの電車が一瞬にして彼女の姿を消してしまう。
上りの電車にかぶせるように下りの電車が左から右へと流れる。
轟音と警報音が彼女のセリフをかき消して全く聞こえない。
なかなか彼女の姿が見えないことへの苛立ちが自分の中で増幅していく。
電車が通り過ぎた後、遮断機の向こうで真っ直ぐに僕を見つめる彼女が立っている。
当然、電車にはねられているはずもないのに、それでも彼女の姿を見たとき、心の底から安堵した。
遮断機が上がる。彼女が何か呟いたように見えた。
彼女が一直線にこちらに向かってくる。
僕は彼女の身体を全身で、全力で受け止めることだけを考えていた。
私は大事な撮影最終日に寝坊をした。タイマーをセットしていたはずだったのに、目覚ましは鳴らなかった。
麦の布団は綺麗に畳まれていた。麦の姿が見えないのが気になったが、とにかく待ち合わせ場所に向かうことを優先した。
家から駅までを全力疾走し、電車を降りて待ち合わせ場所まで息を切らしながら走った。
待ち合わせ場所に花岡君と杉木さんの姿が見えた。彼はこちらに背中を向けて立っていた。
「遅れてごめんなさい」
私は彼の背中を叩いた。そして振り返った彼の顔を見て私は息を呑んだ。
振り返ったのは麦だった。
私は頭が真っ白になった。そして麦に尋ねた。
「加藤君は?」
「加藤なら家にいるよ」
いつものおっとりとした口調は間違いなく麦だった。
「えっ」
「彼の才能と友美ちゃんを取り替えっこしたんだ。そうしないと友美ちゃんのために、良い小説が書けないからね」
「どういうこと?」
「これからは友美ちゃんのために僕は良い小説をいっぱい書くよ。その代わり友美ちゃんは加藤と一緒に暮らしてあげて欲しいんだ。彼とはそう約束してしまったんだ」
麦はいつものように静かに笑っていた。私は麦の言っていることが理解できなかった。
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