第1章

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 喉の奥から声が漏れる。止めどなく流れ出る涙が彼女の輪郭をぼかしていった。 「ん……くっ……」  目一杯の力で奥歯を噛みしめた。自分の中から湧き出てくる激情を抑えることができなかった。 「わぁーっ!」  人目もはばからず声を上げて泣いた。 「あっ、うぁーー!」  拳で何度も何度も地面を叩いた。  この恋が叶わぬ恋だということは初めから覚悟していた。覚悟しているつもりだった。しかしそう思っていたのはうわべの自分だけで、その奥にいる本当の自分はまだ彼女をあきらめ切れていなかった。  今まで生きてきてこれほど泣いたことはないだろうと思うほど泣いた。ヨーコが死んだときでさえ、僕はこんなには泣かなかったはずだ。  どのくらい泣き続けていただろうか。五分か、十分か。それとも一時間以上も泣いていただろうか。もう時間の感覚も麻痺していた。  自分の中にあった無粋な感情や独りよがりな欲を全て吐き出し、ようやく涙も涸れた頃、ぼんやりとしていた周囲の景色が少しずつ明るさと輪郭を取り戻していった。  僕の目の前に、白い手が見えた。 「加藤君」  彼女が身を屈めて僕の名前を呼んだ。見上げると、雨の中で優しく微笑む彼女の顔があった。  雨に濡れて額に貼り付いた彼女の前髪を、払ってあげたいと思った。  彼が泣き崩れて嗚咽する姿を、私は何もできずにただ見ていることしかできなかった。  彼の叫び声、あふれ出る涙、爪が食い込むほど握りしめた拳。それはタカキではなく加藤はじめの感情が発露されたものだとわかっていた。だから私はそれを逃げずに全て受け止めてあげなければいけないと思った。  きっと以前の自分ならば、私の足許でうずくまる彼をみっともないとか女々しいとか思ったに違いない。でも、今はそうは思わなかった。  全身を震わせて、声を出しながら泣いている彼の姿は、とても愛おしかった。できることならすぐにでもこの場で彼を抱擁してあげたかった。  いつまでも、何時間でも彼を見守るつもりだった。いつか彼が起き上がって顔を上げたとき、私は純粋な気持ちで彼に微笑んであげたかった。  麦のことは思い浮かばなかった。今はただ彼が顔を上げてくれることだけを願っていた。 「加藤君」  無意識に彼の名前を呼んでいた。  そっと彼が顔を上げた。真っ赤に充血した目を見て、胸の奥にチクリと刺すような痛みが走った。
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