第1章

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 加藤が慌てて丼から顔を離した。チラッと横目で見た友美の顔にも動揺の色が窺えた。 「いやあ、芸能界でもよくあるじゃないですか。ドラマとか映画で共演しているうちにお互いのことが好きになったりするのって」 「花岡先輩はゲスいです。木内先輩みたいに聡明な人が、部長みたいにいい加減な男性を好きになるわけがないじゃないですか。それにそういう質問って、セクハラです。不愉快です」  返答に困っていた友美にとって彼女が質問を却下してくれたことはありがたかった。  帰りの電車で加藤と花岡は杉木の機材を両肩に担いでいた。いや、彼女から命じられて担がされたといった方が正しい。 「いいんです。木内先輩へのセクハラ発言に対する謝罪です」 「僕は何も言ってないんだけどな」  加藤が口を尖らせた。 「連帯責任です。部員の非礼は部長のしつけがなってないからです」  手ぶらで吊革に掴まりながら杉木が言った。まだ怒りが収まらない様子の彼女に友美が声をかけた。 「杉木さん、撮影ご苦労さま。いつも重い機材を担いで大変だったでしょ?」  友美に話しかけられて杉木は少しだけ表情を崩した。 「あ、いえ。いつも写真を撮りにいくときはあのくらいの荷物は当たり前なので、慣れてますから」  杉木は照れくさそうに友美を見た。 「木内先輩こそ、部長の道楽に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。最後には本当にキスまでさせられて」  友美は大きく首を振った。 「ううん。映画に出させてもらって良かったと思ってるわ。いい経験にもなったし、杉木さんや花岡君や加藤君とも仲良くなれたし、とっても楽しかった」 「本当ですか?」  杉木が疑わしそうに訊いた。友美は大きくうなずいた。  窓の外を見ながらしばらく黙っていた杉木が、再び口を開いた。 「あのう……」 「何?」  友美が杉木の方を見た。 「これからも写真部に遊びに来てくれませんか。入部して欲しいだなんてわがままは言いませんけど、写真部は女子が私しかいないので…………木内先輩が来てくれると嬉しいです」 「えぇ、もちろん喜んで。今度、写真の上手な撮り方とか教えて欲しいの」  杉木の顔がぱぁっと明るくなった。 「ありがとうございます。あの二人は頼りにならないので、私が木内先輩にレクチャーします」  杉木は嬉しそうに小さく頭を下げた。
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