第1章

55/77
前へ
/77ページ
次へ
 三人と別れた友美は一人電車の中で映画撮影での出来事を思い出していた。あちこちロケに出掛けたことも、偶然姉と遭遇したことも、電車の轟音も、踏切の警報音も、キスシーンも、加藤の嗚咽も、何もかもがなんだか遠い記憶の出来事だったような気がしていた。  それでも、二週間続いた映画撮影が終わり、明日からはもう写真部の三人とあちこち出掛けたりすることもなくなるのかと思うと、ちょっと寂しかった。  この日、暮谷家の夕飯はおでんだった。大きな鍋を囲んで、みんなで箸を突っついた。大好きなネタを奪い合ったり、カラシを付けすぎてヒーヒー言いながら悶絶する佳衣に水を持って行ったり、鍋底にこっそり隠しておいた牛すじをいつの間にか麦が食べてしまい悲しみに打ちひしがれた結梨を慰めたりと、いつもと変わらない賑やかな夕飯は楽しくておいしかった。  撮影を終えてから加藤を中心に編集作業がおこなわれ、ようやく完成したのはコンクールの応募締め切り三日前だった。  写真部顧問の計らいで、視聴覚室で試写会をすることになった。試写会には写真部と友美の他、暮谷兄妹が招待された。  誰もいないはずの教室にヨーコが居眠りをしているシーンから始まるこの映画は、一人教室で居眠りをしている加藤の前に制服姿のキョーコが現れるというラストシーンで終わった。  バラバラに撮影をしていたものがこうやって一つの作品にまとまったのを見て、友美は新たな感動を覚えた。  キスシーンの場面では佳衣と結梨が「うわっ!」「ひゃっ!」っと驚きの声を上げていた。  友美は隣に座る麦の顔をこっそりとのぞき見た。彼はいつものように表情を変えずに淡々と画面に見入っていた。  コンクールで賞が取れるほどの出来かどうかは自信はないが、一つの作品が完成したことで、写真部のみんなも友美も十分に満足していた。  しかし、応募前日になって、顧問から「警報器が鳴っている踏切に立ち入るのは鉄道営業法違反に当たるのではないか」との指摘があった。 「踏切のシーンを再編集しないとコンクールへの応募はできない」  と顧問に言われた加藤は、 「あのシーンがなければ、この映画は成立しない」  と断言し、この作品をお蔵入りにすることを決めた。  気が付けば、もう上着がないと寒くて外を出歩けないような時期になっていた。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加