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「お父様の全身から娘ラブが伝わってきたわ!」
「そう言えば、お姉さんの姿が見えなかったみたいだったけど」
助手席に座る麦が半分だけ顔を友美の方に向けて言った。美有希は麦達が来る少し前に買い物に出掛けたきり、そのまま夜まで帰っては来なかった。
「お姉さんにも挨拶したかったんだけど……」
恐らく友美や麦が両親と和気藹々としているのが気に入らなくて、わざと顔を合わせないようにしていたのかも知れなかった。美有希の性格なら考えられることだった。
「姉にはいつでも挨拶できるわよ。気にしないで」
「そう? ならいいんだけど」
そう言って麦は前に向き直った。
「ねぇ、友美ちゃん」
麦が前を向いたまま言った。
「僕、大学に行くよ」
「そう」
「今からだともう間に合わないかもしれないけど、どこでもいいから入れそうな大学を探してみるよ」
「うん」
ようやく自分の進路を決断したことは素直に嬉しかった。
「一芸入試っていうのがあるんだ。それで受検してみようと思うんだ」
麦の学力では三流大学の最低ラインでも難しかったが、一芸入試ならばプロ小説家という肩書きでひょっとすると受かるかも知れない。友美の中に希望の光が見えた。
「私も麦と同じ大学に行きたい」
友美は思わず身を乗り出していた。
二人はそれから毎日受験勉強に明け暮れた。二人とも完全に出遅れてはいるが、少しでも遅れを取り戻そうと必死だった。
友美は志望校の過去問をひたすら解いた。問題と答えを丸暗記するくらいの勢いで同じ問題を何度も解いた。麦もいつもよりも倍のペースで原稿を書き終え、少しでも受験勉強の時間を作ろうと頑張っていた。
試験を翌日に控えたこの日も、友美はリビングで過去問を解いていた。
「うーん」
隣にいた麦が小さく唸った。
「どうしたの?」
友美は顔を上げて麦を見た。彼は渋面で参考書をにらみつけていた。
「小論文って、小説とは全く別物だね」
一芸入試では書類選考と面接の他に小論文が試験科目となっていた。麦は小論文の対策用参考書の模範解答と自分の文章を見比べて溜息をついた。
「大丈夫よ。麦の試験日はあと一週間後だから、まだ間に合うわ」
一般入試と一芸入試では受験日が異なるため、麦にはまだ猶予はあるが、彼自身まだ納得のいく小論文が書けずにいた。
「ちょっと一服する? カフェオレ淹れようか」
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