第1章

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「うん、そうだよ」  麦にしてはずいぶんとメルヘンチックなことを言うなと思った。 「私には爪切りで切った爪に見えるわ」 「えー、そうかなぁ」 「ごめんね。あんまり可愛げがなくて」 「ううん、いいんだ……友美ちゃんの声が聞けて良かった」 「麦、今どの辺歩いてるの?」 「今ちょうど河川敷の土手を上がったところさ」 「佳衣ちゃんや結梨ちゃんも元気?」 「うん。二人とも元気だよ……でも、友美ちゃんがいないからちょっとつまらないって言ってる」  夜空を見上げながら、暮谷家での温かくて楽しかった情景を思い浮かべた。 「あのさ、初めて詩を書いてみたんだ」 「詩? 麦が?」 「うん。後でメールするから読んでみてよ」 「うん。読みたいわ」  麦が書いた詩というのがどんなものかとても興味が沸いた。 「それじゃ、すぐに送るね」 「うん、待ってるわ」  友美が部屋に戻るとすぐにメールが届いた。メールの件名には『君に贈る詩』と書いてあった。 君の笑顔を想うたび 月が笑っている 君の悲しい顔を想うたび 星が泣いている 君のことを想うたび 僕の心はちぎれてしまいそうになる どんなに月が綺麗でも どんなに星が輝いていても 僕はちっとも嬉しくない 笑ってる君を見ていたい 怒ってる君を見ていたい 泣いている君に寄り添いたい 今すぐ 君に会いたい  友美は思わずスマホを抱きしめていた。 (麦に会いたい!)  友美は母の姿を探した。母は父の書斎で懐かしそうにアルバムをめくっていた。 「ねえ、ママ」  母はキョトンとした顔で友美を見た。 「私、明日麦の家に帰るわね」 「だめよ」  母がアルバムを閉じた。 「今すぐ帰りなさい。思い立ったが吉日よ」  まだ電車がある時間だった。友美は急いで上着を着込み、バタバタと玄関に向かった。 「ちょっと待って。今タクシーを呼ぶから」 「えっ? でもタクシーだと高く付いちゃうわ」 「フィアンセに会いに行くのに、そんなみみっちいこと言わないの。タクシー代は出してあげるから」  母はすぐにタクシー会社に電話をかけた。 「それと、これ持っていって」  玄関で靴を履こうとしている友美に母が声をかけた。 「これお父さんのパソコンなんだけど、麦君に見て欲しいの」  母はノートパソコンが入ったトートバックを差し出した。 「麦に? 麦もパソコン使うけど、それほど詳しくないわよ」
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