第1章

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「お父さんが毎晩このパソコン見ながらニヤニヤしてたの。きっといかがわしい画像とか動画とかがいっぱい入ってるんだと思うのよ。だから麦君に削除してもらって欲しいの」 「えー。ママがやればいいのに」 「いやよ、おぞましい。さぁ、いいから持っていってちょうだい」  外でクラクションの音が響いた。友美は半ば強制的にトートバックを渡されると、そのままタクシーに乗り込んだ。  タクシーの中で何度も麦の詩を読んだ。そして彼がこの詩を書いている姿を想像してみた。  少し照れくさそうに書いたのだろうか。それともエロ小説を書いているときのように表情を変えずに黙々と書いたのだろうか。友美は彼が少し照れながら書いたと思いたかった。 「『今すぐ、君に会いたい』……」  窓の外の景色を見ながら小さく呟いた。  タクシーが見慣れた住宅街の中に入ってくると気持ちがはやった。暮谷家の遥か手前から友美は身を乗り出してヘッドライトが照らす先を凝視した。  暮谷家の前で手を振る佳衣と結梨の姿が見えた。 「お姉様ぁ~!」  タクシーを降りると、二人がしがみつくように抱きついてきた。 「お姉様、会いたかったわよ~ん!」  街灯に浮かび上がる妹たちの顔を見て、以前ヨークシャー・テリアみたいだと思った自分を反省した。 (ごめんね、ヨークシャー・テリアなんて言って。ビションフリーゼたち……)  玄関のドアが開き、中から麦が出てきた。 「おかえり」  友美は一直線に麦に駆け寄り、思いっきり彼を抱きしめた。よろける麦の身体を支えるように彼の身体に自分の腕を回した。 「よく私が帰ってくるのがわかったわね?」 「友美ちゃんのお母さんから電話があったんだ」  ひょっとして自分の想いが通じたのかと内心思ったが、呆気なくタネ明かしをされてちょっとガッカリした。しかしそれでも麦に会えて嬉しいことには変わりなかった。 「麦の詩、とっても良かったわよ」  彼の耳許で友美が囁いた。 「ありがとう」  麦と一緒に玄関に入ると自然に「ただいま」と声が漏れた。十七年間住んできた実家よりも暮谷家の空気の方が自分の家に帰ってきたんだという気がした。  リビングに入った友美はキッチンに立つ人影を見て一瞬ギョッとなった。 「おかえりなさい」  キッチンに立っていたのは麦達の母だった。 「はじめまして。友美ちゃん」 「あ、はじめまして」
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