第1章

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 慌ててお辞儀をする友美の姿を見て母はキッチンを飛び出した。 「まぁ! とっても美人さんね。麦にはもったいないくらい」 「ね、私達が言ったとおりでしょ。お姉様はとっても綺麗なんだから!」 「ちょっと酒乱だけどね。ぐふふ!」 「ダメ! その話はしないで!」  廊下の方からジャーッと水の流れる音がして、トイレから体格の良い男性が出てきた。 「友美ちゃんが着いたのか?」 「お父様、友美ちゃんですよ!」 「おぉー、君が友美ちゃんか! ようこそ暮谷家へ!」  痩せ型の麦よりも二回りほど大きな父が手を差し出した。反射的に握り返したその手はまだしっとりと濡れていた。 「いやあ、この度はお父さんが残念なことになってしまって……正直私も家内もまだ信じられないくらいだ」  父はリビングチェアーにどっかと腰を下ろした。 「友美ちゃんのお父さんとは十年来の付き合いがあったんだ」 「正確には十二年ね。あ、友美ちゃん、今からココア作るけど飲む?」 「あ、ありがとうございます。お義父さん、それって本当ですか?」 「あぁ。お義父さんの訃報を聞いて、海外りょ……海外出張から慌てて戻ってきたんだ」  父は飲みかけのウイスキーグラスに口を付けた。 「さっき成田から着いたばかりで、本当はそのままご実家へ直行しても良かったんだが、もう遅い時間だったから失礼かなと思ってね。明日にでも線香を上げに行くよ」 「父とはどういうお知り合いだったんですか?」  麦の父ならば自分と麦が許婚になった馴れ初めを知っているはずだ。友美はこのチャンスを逃すまいとしていた。 「ねぇ、お姉様。そのノートパソコンはなあに?」  佳衣が友美が持っていたトートバッグを指差した。 「これ? パパが使ってたパソコンなの。そうだ、麦」  そう言いながらバッグからパソコンを取り出すと、テーブルの上に置いた。 「パパがエッチな画像や動画をこの中に一杯溜め込んでるみたいだから整理して欲しいの」  パソコンの電源を入れると、OSが起動し、デスクトップ画面が表示した。  麦はパソコンの前に座るとファイルを検索し始めた。 「友美ちゃん、ココアできたわよ。座ってお飲みなさい」  友美は麦の隣に座ってココアをすすりながら、見た目が豪快そうな父と、それとは対称的に物腰が柔らかく上品そうな母を交互に見遣った。 「あ、これ!」 「うん」 「わー、すごーい!」
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