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「あんたも試しにやってみる? ま、あんたには九九なんてまだ早いけどね」
下敷きを受け取った友美はしばらく下敷きを眺めていた。下敷きには、かけ算の脇にふりがなが振ってあって、みんなはそれを見ながら覚えることになっていた。
「千春ちゃんはね、いつも『5×7=35(ごしちさんじゆうご)』のところでつっかえるの。信吾くんはね、まだ二の段が言えないんだ。きっと全部の段言えるの私だけよ」
「ねぇ、ママ」
「なに? 友美」
「いんいちがいち、いんにがに、いんさんがさん……」
突然友美はかけ算を暗唱し始めた。
「さぶろくじゅうはち、さんしちにじゅういち……」
すらすらと三の段をクリアし、その後もよどみなく続いた。やがて五の段も危なげなくクリアすると、次第に美有希の表情が変わっていった。そしてとうとう難関と思われた七の段、八の段までクリアすると車内の全員が友美の暗唱に耳を傾けた。
「くしちろくじゅうさん、くはしちじゅうに、くくはちじゅういち」
「わぁー!」
「おぉー!」
両親が手を叩いて喜んだ。
友美は間違えずに九九を暗唱できたことにほっと胸をなで下ろした。
「はい。お姉ちゃん。下敷きありがとう」
友美が下敷きを美有希に返した。が、美有希はその下敷きを受け取ろうとはせず、友美を凄い形相で睨んでいた。
「ふん」
美有希はそっぽを向いて、それから海に着くまでの間一言も喋らずに窓の外を見ていた。
海に着いても美有希の機嫌は直らず、一人でさっさと海に入っていった。
「美有希、一人で泳いだら危ないよ」
父が慌てて美有希の背中を追いかけた。
「ちゃんと浮き輪を持っていかないと」
「わたし、浮き輪なんてなくても泳げるんだから。こないだクロールで二十五メートル泳げたもの」
友美には姉が急に機嫌を損ねた理由がわからなかった。
「ねぇ、私もお姉ちゃんの方に行く」
「ダメよ。危ないから、この辺で泳いでましょ」
友美は母の胸の辺りの深さのところで浮き輪を付けて泳いでいた。かなづちの母はちょっとでも顔に波がかかると「わっ」とか「きゃっ」とか言ってしきりに顔を拭っていた。
少し高い波が親子を襲った。母は驚いて友美から手を離し、顔を拭った。その次の瞬間、さっきよりももっと大きな波が覆い被さるように母の背中を襲った。
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