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隣の席では、泳ぎ疲れた美有希がいびきをかいて寝ていた。友美は沈んでいく夕陽とオレンジ色に染まる街並みを窓から見ていた。
「友美」
運転している父が声をかけた。
「ごめんな。怖い思いをさせて」
友美は黙って首を横に振った。溺れたことは父や母のせいではないことはわかっていた。
「海は嫌い……でも楽しかった」
佳衣や結梨の楽しそうな顔、麦の微笑み、そして四人で手を繋いだときの柔らかな感触を思い出した。
『♪楽しいときは二人分~♪悲しいときは半分こ~♪』
思わず口ずさんでいた。この歌を唄うとどんな淋しいことも忘れられるような気がした。
「ねぇパパ、私ね」
運転席の父に向かって友美が声をかけた。
「結婚するならむぎみたいな人と結婚したい」
その時の友美は何気なくその言葉を口にしたのかもしれない。しかし友美の父はその言葉を忘れずに覚えていた。
その後、お互いの父同士は連絡を取り合い、年に何度か一緒に飲みに出掛ける間柄となっていた。そしていつしか麦と友美を許婚とすることを親同士で勝手に決め、友美の十八歳の誕生日となる三月四日に双方の親から本人に許婚の話を切り出すサプライズを計画していた。
海で溺れたショックで海に対する恐怖心が友美の中に無意識のうちに根付いてしまっていた。映画撮影の時、海辺で急に体調を崩したのはそのせいだった。
忌まわしい海の記憶と一緒に麦達との記憶も閉ざしてしまっていた。
自分と麦の二つの点と点が繋がって一つの線となった瞬間だった。
雨の中、花岡と杉木が教会にやってきた。
「せっかくの結婚式だって言うのに雨だなんて。映画撮影の時も最後は雨だったし、木内先輩は雨女なのかなぁ」
「一年の三分の一は雨が降るんですから、そんなのは偶然です」
二人は式の模様を撮影するカメラマンの大役を任されていた。
「もう中に入っても大丈夫なのかな?」
花岡が入り口の扉をそっと開けた。
「杉木さん、中の方が温かいよ」
教会の中は灯りが落ちていたが、窓から差し込む自然光が白い壁に反射して、思ったほど暗くはなかった。木製の長椅子と中央に敷かれた赤い絨毯、そして正面の祭壇が教会の独特の雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり、何か緊張するね」
花岡の声がしんとした空気の中で反響した。
祭壇脇のドアが開いて、加藤と麦が現れた。
「やぁ、二人とも早いね」
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