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細く開けた窓から吹き込む五月の風が私の頬をそっと撫でた。それはまるで、何が書いてあるのかよく分からない黒板とくだらない話しかしない教師の話から私の関心を外へ向けるように誘っているようだった。
頬杖を突きながら視線を窓の外に向けた。誰もいないグラウンド、林立する住宅とその近くにある申し訳程度の雑木林、さらに向こうには国道と左右に行き交う自動車。どれもみんな見飽きた風景だった。
私の視界の上半分を占める空は見事なまでの青色で塗り固められていた。
あ。
その真っ平らな空を見て、今日は雲一つない良い天気だと言うことにその時初めて気付いた。
「おい、白岡」
教壇に立つ赤羽が講義を中断して私の名前を呼んだ。
「外にUFOでも飛んでるのか?」
赤羽の皮肉にクラスメートから失笑が漏れた。私はハッとなって顔を黒板の方に向き直した。
「この辺の問題は今度の中間テストで必ず出るから、ちゃんと覚えておくんだぞ。テストを作る俺が言ってるんだから間違いない」
赤羽の言葉に慌ててみんなが教科書にラインマーカーを引き始めた。右斜め前に座る蓮田紀子も一筆書きで大きな☆マークを書いていた。
とりあえずノートに板書だけしておいた。書き終わってから改めてノートを眺めてみたものの、どうやったらこの計算式が変化して正解へと導かれるのか全く理解できなかった。テストに出ると分かっていても、答え方が分からなければ知らないのと一緒だった。
黒板の方に向き直り、赤羽の授業に耳を傾けて間もなく、私の瞼は重力に抗うことなく次第に閉じていった。視界はみるみる狭まっていき、赤羽の声が子守歌のように心地良く響いた。それでも一応ささやかな抵抗を試みるも、周囲はブラックアウトし、ほどなく静寂の世界に包まれた。そこから終業のチャイムが鳴るまで、現実世界に生還することはなかった。
「赤羽ってさ、どうも好きになれないよね」
昼休み、紀子がお弁当箱の隅っこの卵焼きにフォークを突き刺しながら言った。
「そう? ちょっと口うるさいところはあるけど、生徒思いの良い先生だと思うよ」
ミエは野菜サンドを頬張るとパックの牛乳で流し込んだ。
「好きこそものの上手なれ、だよね!」
素子の言葉は多分、数学の点数を上げたいなら赤羽のことを好きになれ、と言っているのだろうが、時々発する彼女の意味不明な言い回しには解釈に苦しむことがある。
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