第1章

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 ホームの壁に当たり前のように飾られているアニメ絵のポスターはどうやら近日封切り予定の劇場版長編アニメらしいが、見たことも聞いたこともないタイトルだった。実際にこんなデザインだったら恥ずかしくて街を歩けないだろうな、と思うような学生服を着た男性主人公の周りにカラフルで特徴的なヘアスタイルの女の子が群がっている絵柄だった。そしてなぜかどの女の子も異常なくらい胸が大きかった。  左右の壁に貼られたポスターからアニメキャラの熱い視線を浴びながらエスカレータを降り、コンコースの床に描かれた巨大な女の子の笑顔に出迎えられながら改札を出ると、柱に備え付けられた液晶モニタからはアニメ雑誌やら新作DVDの広告やらが次々と流れていた。  駅前に出ると、どの建物を見てもアニメかアイドルの広告ばかりだった。  アキバ初心者の私達はそれらをまじまじと見上げながら、まるでイベント会場のような非日常的な光景にすでに圧倒されていた。 「わぁー、あの女の子カワイイなぁ!」  素子がビルの壁面に掲げられた巨大モニタに映るアニメキャラを指差した。 「見て見て! あの人達、みんなオタクなんでしょ 案外フツーだね」  素子の指はアニメキャラから周囲の通行人に向けられた。 「バカッ!」  ミエが慌てて素子の口を押さえた。 「ここでそんなこと言うなんて自殺行為よ。アキバ中の人全てを敵に回すようなものだわ!」  アキバに来ている人達はレベルの大小こそあれオタクを自認しているだろうから逆上するようなことはないとは思うが、あえて彼らを挑発するような行為は慎んだ方が安全であることに間違いはなかった。 「コスプレの人ってどこにいるんだろ?」 「とにかく、ノリちゃんのお店に行くわよ!」  “ノリちゃん”というのはミエだけが使う紀子のニックネームで、私も素子も紀子のことを“ノリちゃん”とは言わないし、他のクラスメートがそう呼んでいるのを聞いたことがない。ついでに言うと、ミエは私のことを“ゆかりん”と呼び、素子のことは“モコ”と呼んでいる。これらもやっぱりミエだけのオリジナルだ。最初は聞き慣れないニックネームに戸惑ったが、今はもうすっかり慣れてしまった。 「あっちこっちにいろんなメイドカフェがあるんだね~」  確かに、ゴチャゴチャと立ち並ぶビルのあちらこちらで『カフェ』とか『Cafe』という単語が目に付いた。
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