第1章

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 今度は素子が先に立って紀子のお店を目指した。似たような路地を何度か曲がった末、雑居ビルの窓に紀子の地図に書いてあったのと同じ名前を見つけることができた。  ビルの三階は窓一面がロゴの入った看板で埋め尽くされていて、中を覗き見ることができなかった。 『お帰りなさいませ! 歩き疲れたらココでリフレッシュしてくださいネ!!』  という手書きのメッセージとウサギのイラストが書かれたボードがビルの入り口にちょこんと立っているだけで、入り口や階段にも特に目立った装飾もなく、ただ細く薄暗い階段が奥に見えるだけだった。メッセージボードがなかったら通り過ぎてしまいそうなくらいにとても地味だった。  私とミエは三階の窓と足許のメッセージボードと無味乾燥な階段を交互に見つめた。可愛いポップな看板と薄汚れたコンクリートが露出した古びたビルの入り口に、何とも言えない違和感を覚えた。  私達はビルから離れ、1ブロック先の曲がり角から紀子が出て来るのを待った。  どのお店もまだ開店時間前で人通りもまばらなため、うら若い女子高生三人が黙ったまま遠くをにらんでいる姿は端から見ると異様な光景に映ったかもしれない。しかしすっかり探偵気取りのミエと素子は小恥ずかしい気持ちなど微塵も見せずにむしろ悦に浸っている様子で任務に就いていた。  時折人が出入りする以外には特に変化のない入り口を見つめながら、昨日のお昼休みに紀子から依頼されたミッションの詳細を再度思い返してみた。 「今度の土曜日なんだけどさ、ちょっと助けて欲しいんだ」  お弁当箱をフォークで突いていた紀子は手を止め、いつになく暗い顔で話し始めた。 「何よ、助けてだなんて。何か物騒な事件にでも巻き込まれてるの?」  普段から強気の紀子がみんなに助けを乞うなんて事は想像もしていなかったので、私は思わず聞き返してしまった。 「物騒ってほどでもないんだけどね。ま、事件と言えば事件になるのかなぁ」 「えーっ、事件って、殺人事件」 「そんなわけないでしょ!」  いつものようにミエの裏拳ツッコミが素子の肩口に炸裂したところで、紀子は何事もなかったように話を続けた。 「あたしが勤めているバイト先でさ」 「あれ、紀子ってどこでバイトしてるんだっけ?」 「アキバ」 「あ、キバ」
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