第1章

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 ふぅーーっ。  お風呂で何気なく吐いた溜息が静かな風呂場に響いた。これは湯加減ちょうどの極楽気分から出たものではなく、思い出したくもなかったことをつい思い出してしまった時の澱んだ溜息だった。  その溜息にはこの週末に自分の身に降りかかった様々な忌まわしい出来事が頭にこびりついて離れないことへの嘆息と、明日から中間テストが始まろうというのに何一つ準備をしていなかったことに気付いてしまった焦燥とが込められていた。  テストのことを全く忘れていたわけではなかった。いつも頭の片隅にはあったのだけれど、明日やろう、明日やろう、とやり過ごしているうちに、とうとうその明日がテスト当日になってしまったのだった。  この一週間、テスト勉強らしい勉強をほとんどしていなかった。出題範囲をノートで確認した程度が勉強でないとするならば、全くしていないと言った方が正しいかもしれない。  小学校、中学校、高校と十年以上もテストを受け続けてきて、今回が最も悪い点数を取ってしまうような予感がした。そのくらい今回のテストは自信がなかった。  この週末一緒だった紀子だってバイトや買い物で時間がないと嘆きながらも、案外しっかり勉強しているに違いない。人には勉強なんて全然してませんよ、という顔を見せておいて睡眠時間を削ってまで勉強するタイプなのだ。  社長令嬢の素子は恐らく家庭教師が付きっきりで試験対策に余念がないだろうし、四人の中で一番真面目なミエも間違いなく今頃はテスト勉強をしているに違いなかった。  “覆水盆に返らず”ということわざが脳裏をよぎり、突然激しい動悸に襲われた。  無駄な抵抗だと思うが、取り敢えず試験範囲をもう一度流し読みだけでもしておこう。  私は観念したようにやおら立ち上がり、けだるそうに浴槽を出た。身体を拭きながら、超能力者になりたい、と漠然と考えた。  はたして私が超能力者になったらテストで百点取れるようになるのだろうか。超能力で百点を取るというのはどういうことなんだ? 千里眼を使って他人のテストを透視したり、無意識のうちに鉛筆が正解を導いてくれるとでも言うのか。それよりももっと確実で効率的な方法があるのだろうか。
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