第1章

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 カメラがグラスをアップで映すと、みるみる氷が溶けていくのがわかった。それだけではなく、次第に湯気が立ち上ってきたのだ。  ゲストのタレント達は一様に目を見開き、大口を開けて、悲鳴とも簡単とも付かない声を上げていた。  またカメラがグラスに切り替わった。今度はグラスの中でグツグツと気泡がいくつもでき、湯気も勢いよく立ち上っていた。 「どうせドライアイスかなんか仕込んでるんじゃないの。それともあのグラス自体に何か仕掛けがあるのね」  くいっと缶ビールをあおるお母さんはテレビに向かって身も心も斜に構えだした。  なるほど。でもドライアイスなら湯気のように見えるガスは下に落ちていくはず。ところがテレビに映し出されている湯気は間違いなく立ち上っていた。ということは、やっぱり湯気なのか。マジシャンは一旦グラスをテーブルの上に置いた。再び温度計を挿すと液晶表示は”95℃”になっていた。  テレビの中の女性芸能人が悲鳴を上げた。私は言葉を失っていた。氷水が一瞬にして熱湯に変わるなんて! 目の前で起きた超常現象を理解することができなかった。 「温度計が壊れてるんじゃないの?」  目の前のサイキック・マジシャンは間髪入れずに次のマジックに取りかかっていた。  彼はテーブルの上にひと組のトランプを裏返しのまま一列に広げ、一番端のカードを指で起こすとそのままひっくり返し、ドミノ倒しの要領で全てのカードを表向きにした。これ自体は単なる指裁きだということは素人の目でもわかったが、それにしても綺麗にひっくり返すもんだと感心していた。  今度のマジックはここから始まった。 「このトランプですが、マークも数字もランダムになっていますよね」  テーブル上のトランプは確かにバラバラに配列されていた。ちょっと見た限りでは規則性は感じられなかった。 「それでは、よく見ててください」  マジシャンがさっきカードをひっくり返したのと同じ要領でカードを裏返しにした。慣れた手つきでトランプはウェーブを描き、そのウェーブが右から左へと流れ、端まで到達するとそのままUターンした。つまり一旦裏返しになったトランプが再び表に戻った状態になった。その間わずか一秒か二秒くらいの出来事だった。
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