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いや、正確にはそのカードはガラスの上にくっついているのではなく、ガラス板の中に埋もれていた。それに気づいた観客やゲストから一斉に悲鳴のような奇声が上がった。さっきガラス板を調べた芸人が信じられないという表情で一生懸命ガラスの表面をベタベタと触ってみるが、ガラスの中のカードに手が届くはずがなかった。
彼はカードの表が見えるように、ゆっくりとガラス板を反転させた。すると会場の悲鳴はさらにもう一オクターブ上がった。
ガラス板の中に埋まったカードは、女優のサインが入ったクローバーの七だった。
女優は自分が手に挟んでいるはずのカードを見て、目をまん丸にして驚いていた。
「あなたが引いたカードは、このクローバーの七ですね」
女優は小さくコクリとうなずいた。
マジシャンは女優に手の中のカードを見るよう促した。女優が両手を広げると、そのカードはクローバーの七ではなく真っ白なカードに変わっていた。アップで映る彼女の手は小さく震え、顔は恐怖に歪んでいた。
彼がしなやかな手つきで女優からカードを取り上げた。
「さっき、あなたが持っていたのはあのガラス板の中にあったクローバーの七でしたよね?」
女優は黙ってうなずいた。
「分かりました……では、手を」
言われるがままに女優が右手を差し出した。マジシャンは手にしていたカードを伏せた状態で彼女の上に置いた。
「このカードを、ガラス板の上に、中のカードと重なるように伏せた状態で置いて下さい」
女優は言われるままにガラス板の上に無地のカードを置いた。すると間髪を入れずにマジシャンが言った。
「では、めくって下さい」
女優は「えっ、もういいの?」という顔をした。そして細く白い指がゆっくりとカードをめくると、それはクローバーの七だった。もちろん女優のサインも入っていた。女優は口を押さえて驚愕の色を露わにした。
そして彼はもう一度ガラス板を持ち上げた。カメラがズームアップすると無地の真っ白なカードがまるで標本のようにガラス板の中に浮かび上がっていた。
ひときわ大きな悲鳴が会場中に響き、それに続いて拍手と歓声が彼を包み込んだ。
「さすがサイキックマジックですね!」
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