第1章

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 私はテレビの前でただただ呆然としていた。マジックと銘打っているのだからこれらのマジックには何かしらトリックがあるはずなのに、そのトリックがどういうものなのか全く想像もできなかった。これは手品なのか、それとも……。 「これが、“サイキック・マジック”です」  テレビの中のスリムなちょいイケメンマジシャンはとても落ち着いた表情でそう言った。だけど私には彼の言う“マジック”という表現が、ちょっとだけ引っかかった。 「あれは女優もグルになっているんだわ。あらかじめ同じサイン入りのカードを隠し持っていて、それを出したり引っ込めたりしているだけよ」  手品の経験ゼロのお母さんがマジックの種明かしを推理してみせた。 「でも、ガラスの中のカードはどういうこと?」 「そりゃあ、相手はプロだからね。素人が思いつくようなタネを仕込むわけがないじゃない」  お母さんの言葉にはトリックを見抜けなかった悔しさが見え隠れしていた。  はなっから手品だと信じて疑わないお母さんの言葉に、やっぱり超能力なんてないのかもしれないという疑念と、あったらいいなという期待感が半分々々に揺れ動く中で、あるのかないのかわからないのなら、あえて私は超能力の存在を肯定してみたいと思った。  瞬間移動ができれば遅刻をせずに済むだろうし、昨日みたいにアイスクリームが落ちそうになっても念力で止めれば間一髪セーフだし、財布を落としても見つけられるに違いない。明日から始まる中間テストだって超能力があれば何とかなるような気がする。超能力で急に記憶力が良くなったり、勘が冴えたりすることだってあるかもしれない。  テレビの中で起きた出来事があまりにも完璧すぎてマジックだとは思えなかった。むしろ超能力なんだと言ってもらった方が納得できそうだ。 「所詮手品なんだから、絶対タネがあるはずよ」  お母さんは手にしていた缶ビールをクーッと一気に喉へ流し込むと、お代わりを取りに冷蔵庫に向かった。  テレビに映るマジシャンは鳴り止まない大拍手に一礼した。
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