第1章

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「今私がお見せしたのはサイキック・マジックです。超能力の一端です。超能力はある特定の限られた人だけが持つ能力なんかではありません。本来誰でも持ち合わせているものなんです。ただそれを上手に引き出せていないだけなんです。テレビの前のあなたも、明日から、いやたった今から超能力者になれるんです……あなたの覚醒に期待しています」  サイキック・マジシャンの言葉はストレートに私の中に入ってきた。私も超能力者になれるって!? やりたい放題好き勝手に超能力を駆使して大活躍している自分の姿が突如私の頭の中で大写しになっていた。  私はお母さんとすれ違うようにキッチンに向かい、引き出しからカレー用のスプーンを一本手に取ると一目散に自分の部屋へと駆け込んだ。  部屋に戻ると、まずベッドの上で呼吸を整え、それからしばし黙想した。こういうのはイメージトレーニングが重要に違いない。自分がスプーンを曲げ、ぐにゃりと曲がったスプーンを見て紀子や素子達が驚愕すると同時に羨望の眼差しと賞賛の言葉が私に向かって降り注ぐ。  そして私は涼しげにこう答えるのだ。 「こんなの、大したことじゃないわ」  脳内が独りよがりな妄想で満たされた後、握りしめていたスプーンを曲げることに全神経を集中させた。  曲がれ曲がれ、とありきたりな呪文を心の中で唱えながらスプーンの柄を擦り続けた。体内の“気”を人差し指と親指に集めるよう意識した。そして目の前のスプーンがアメのように曲がる様を何度もイメージした。  こんなことをやるくらいなら出題範囲について教科書とノートにしっかりと目を通しておいた方が有益なのでは、という無粋な考えはこれっぽっちも浮かばなかった。今までも徹夜で一夜漬けをしたことがあったが、大抵テストが始まる頃には頭がボォーとして全く何も思い出せないという悲惨な結果を招くだけだった。それくらいなら、まだ可能性の残されている超能力に自らの命運を託すことは決して不条理な話ではないはずだ。  二分、三分とスプーンを擦り続けてみたがスプーンには何の変化もなかった。ずっと握りしめていたせいで表面が多少なりとも温かくなったものの、変形してしまうほどの高温にはほど遠かった。それでも私はひたすらスプーンを擦った。そして何度も何度も心の中で『曲がれ曲がれ』と念じ続けた。
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