第1章

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 三人の目が真理亜ちゃんに注がれた。真理亜ちゃんはスースーと寝息を立てて熟睡していた。よく見ると真理亜ちゃんの頬の上に涙でできた白い線が左の頬と右の頬に一本ずつ描かれていた。真理亜ちゃんが泣きじゃくっていた姿を想像すると胸が締め付けられる思いに駆られた。  一体何があったのか? 赤羽はどんな状態なのか? 私が原因でこんなことになってしまったのか?  私は紀子に促されてヒーリングを行っただけなのだ。いや、厳密には、どうすれば良いのかもわからない状況でヒーリングのモノマネをしただけに過ぎない。超能力のモノマネが他人に災いを及ぼすものなのだろうか。超能力とはそんなに危険なものなのか。  何が何だかわからなかった。  ふと、紀子の姿が見当たらないことに気付いた。私は奥さんにかける言葉が思い浮かばずに黙ったままその場に立ち尽くしていた。ほんの数秒のことがそのときの私にはとてつもなく長く感じた。 「白岡さん」  奥さんが静かな声で私に声をかけた。 「ちょっと狭いかもしれないけど、こちらで良ければ座って」  私は促されるままに奥さんの隣に腰を下ろした。静かな通路には真理亜ちゃんの規則的な呼吸音しか聞こえなかった。何か話しかけようと考えれば考えるほど言葉がまとまらず、私の唇はますます重くなっていった。 「……ごめんなさい……」  ひょっとして自分のヒーリングが赤羽の症状を悪化させてしまったのかもしれない、という気持ちが心の中のどこかで引っかかっていた。だから思わずそんな言葉が口からこぼれた。  足許の白い床を見ている奥さんの顔からは表情がなくなっていた。  昨日ね、と奥さんは床に目を落としたまま口を開いた。 「二人が帰った後、主人がベッドの上でテストの採点をしていたんです。いつもなら怖い顔をして採点してるんだけど、昨日は『可愛い教え子にパワーをもらったから、もうすっかり元気になったぞ』って言いながらとても嬉しそうだったんです」  奥さんの横顔は透き通るほど白かった。私は思わずその横顔に見入っていた。 「だから、絶対に自分を責めるようなことは考えないで下さいね」  奥さんがこちらを向いて静かに微笑んだ。私はその微笑みに救われた気がした。  小さな声で、はい、と答えた。 「気持ちよさそうに寝てるでしょ」
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