第1章

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 ほぼ白紙の状態で出した答案に点数がつくとは到底思えず、小学校から今までの十年間の学生生活の中で未だに0点を取ったことがなかったのが不出来な生徒なりの唯一の誇りだったのに、とうとうその最後の砦さえも失われようとしている。 「何よ、朝から浮かない顔ね」  紀子の言葉に作り笑いも返せずに席に着くと、大きく溜息をついた。まるで死刑宣告を受ける直前の被告人のような心境だった。 「わかってるくせに。今日は一限目から赤羽の授業なのよ」 「あ、そっか。テストが返ってくるんだっけ」 「うちのクラスでも、今回のテストはかなり難しかったって話題になってたわ」  素子とミエも思い出したくないものを思い出してしまった、というように渋い表情をしてみせた。 「平均点が五十点行かないんじゃないかって言ってた」 「あたしも自信ないよぉ。答に何て書いたか覚えてないもん」  どうやら素子は曲がりなりにも何か答えらしきものを書いたようだったが、私は覚えてるも何も、何にも書いていないのだからもっとひどい。  私達の落ち込み度合いとは関係なく、時間通りに予鈴が校内に鳴り渡った。刻一刻とその時が近付いていく緊張感を共有しながらミエと素子は自分達の教室へ戻っていった。  二人の後ろ姿を見送っていた紀子が私の方に向き直った。 「いいじゃん、数学の点数が悪くたって。だってあんたにはもっとイイもの持ってるんだから」  紀子が「イイもの」と言っているのが何であるかはすぐわかった。だが、それをどう使いこなせばいいのかもわからない自分にとっては、彼女の言葉をそのまま素直には喜べなかった。  やがて本鈴が鳴った。いつもならこのタイミングで定刻通りに教室に入ってくる赤羽が、この日はまだ現れずにいた。  一分、二分と時間が過ぎ、最初はおとなしかったクラスメートも次第に私語が増え、ざわめきも大きくなっていった。結局十分間のSHRに彼は現れず、とうとう一限目の本鈴が鳴っても一向に赤羽が現れる気配すらなかった。  すると、どこからか男子生徒の声がした。 「おい、学級委員。職員室に行って様子見てこいよ」  その声に背中を押されるように男女の学級委員二名がそろそろと立ち上がり、教室の戸口まで近付いたところで、急に引き戸が勢いよく開いた。扉に手をかけようとしていた女子の学級委員は思わずその手を引っ込めて「ひゃっ!」と小さく叫んだ。
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