第1章

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 紀子は地図ソフトが表示されたスマホを振りかざした。どうやらGPS機能で目的地までの道のりをトレースしてくれているようだ。  バスの車内アナウンスがとあるバス停の名を告げた。そして、 「○○病院へご用の方はこちらでお降り下さい」 という言葉に機敏に反応した紀子は目にも留まらぬ早業でボタンを押した。  バスを降りてすぐに病院と思われる大きな建物が目に入った。これなら方向音痴の私でもわかる。わざわざ地図アプリとGPSを駆使するまでもなかった。  紀子自身もスマホなど見ることなく目の前の大きな建物に向かってずんずんと歩いていった。  正面玄関を入ると広いロビーになっていて、すぐに大きな受付カウンターがあった。紀子は受付嬢に赤羽の名前を告げ、面会に来たことを伝えた。 「それでしたら三階のナースステーションで受付を済ませていただけますでしょうか」  病院の制服に身を包んだ若い女性事務員は営業スマイル全開で答えた。 「三階へはあちらのエスカレーターをご利用いただきますと便利です」  事務員はちょっとだけ身を乗り出してエスカレーターの方を指差した。そこには一階から三階に直結している大きなエスカレーターがあった。  一階にはこれから会計を済ませようとする患者が待合用の椅子に座り、自分の順番が呼ばれるのを待っていた。紀子はそんな患者達には目もくれず、エスカレーターの方に向かった。  病院は一階から三階までが吹き抜けとなっていてとても明るく開放感があった。地元の病院はどこも古ぼけていて薄暗く、薬品の臭いが鼻について、しかも窮屈だというイメージが強かったので、うっかりすると迷子になりそうなほど広く清潔感のある院内の景色に半ば感動すら覚えた。  エスカレーターに乗って中程まで来ると下の方で「あっ!」という子供の声が聞こえた。思わず振り返ると、三歳くらいの女の子が上を見上げたまま立ち尽くしていた。  女の子の視線の先にピンク色の風船がフワフワと浮き上がっていくのが見えた。きっとあの女の子が持っていたもので、うっかり手から離れてしまったのだろう。 「ゆかり!」  紀子も風船に気付いたらしく、私に声をかけた。 「こういうときこそあんたの腕の見せ所よ。わかるわね?」  どうやら私に超能力を使えと言っているらしい。まだ本当に超能力があるのか疑わしい状態ではあるが、女の子のために努力だけはしてみようと思った。
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