第1章

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「お願い、こっちに来て」  心の中で念じるながら取り敢えず手を伸ばしてみたが、風船との距離は四、五メートルほどもあっていくら身を乗り出してみても届くとは思えなかった。  もう一度、さっきよりもより強く念じてみた。すると、それまで私達と並行して飛んでいた風船がちょっとだけこちらへ近付いてきたような気がした。下の方でまた女の子の「あーっ!」という声が聞こえた。私はさらに強く念じた。  風船は見てわかるほどみるみる私の方に近付いてきた。 「ゆかり、いけるよ!」  つま先立ちになって全身を伸ばす私の下半身に紀子が抱きついた。 「大丈夫、落としやしないから!」  紀子のサポートをもらって私は限界ギリギリまで手を伸ばした。風船に付いている紐がかろうじて私の手に触れた。私はこのチャンスを逃すまいと、飛びつくようにして紐を掴んだ。その瞬間、階下からどよめきと拍手が聞こえたような気がした。 「ナイスキャッチ!」 「すげえな、姉ちゃん!」  一階にいた人達から歓声が上がっていた。ふと我に帰ると、自分の腰から上は完全にエスカレーターの手すりを越えていた。紀子は私の身体をエスカレーターに引っ張り込むと大きく息をついた。さっきまでは夢中だったのであまり高さを気にしていなかったが、下を覗き込んで改めてエスカレーターの高さに目を見張った。急に膝に力が入らなくなってその場にへたり込んだ。それでもしっかりと風船の紐を離すことはしなかった。  エスカレーターを上がりきった私達は再び下りのエスカレーターに乗って女の子のもとに向かった。 「ちょっと、その風船貸して」  紀子は私から風船を取り上げると、ポケットから何やら取り出した。それは普段使っている髪ゴムだった。その髪ゴムを紐の端に結びつけるとまた私に手渡した。 「これで女の子の手にはめてあげれば、安心でしょ」  なるほど、と大きくうなずいた。 「それにしてもあんたグッジョブだったわね。やっぱりアレも超能力なんでしょ?」  私には超能力を使ったという実感が湧かなかった。カード当てやスプーン曲げのときのように手の甲が光ったりビリビリと指先がしびれたわけでもなく、これと言った自覚症状もなかった。 「でもあんたが手を出した途端に風船の軌道が明らかに変わったわよ。やっぱりそれって超能力ってことなんじゃない?」
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