第1章

8/62
前へ
/62ページ
次へ
 紀子は何としても私に超能力があるのだという事実関係を証明したいらしい。  エスカレーターの降り口付近ではあの親子が私達を待っていた。私はエスカレーターを降りるとすぐに風船を女の子に渡した。 「こうすればもう風船が飛んでいかないからね」  手首に髪ゴムをはめてもらった女の子はとても満足そうに微笑んだ。 「ありがとう」 「どうもありがとうございます」  一緒にいたお母さんが深々と頭を下げた。 「城南高校の生徒さんですよね」  そのお母さんは私達の制服を見ながら言った。制服を見ただけでわかるなんてひょっとしたらかつての卒業生なのだろうか。 「私、赤羽の妻です。いつも主人がお世話になっています」  予想だにしていない言葉を聞いて、私達はもう少しで大声を張り上げそうになった。赤羽が結婚していたことも意外だったが、それ以上に赤羽とはミスマッチすぎるほど奥さんはとても綺麗で、娘さんもとても愛らしかった。 「赤羽先生って、結婚してたんですか」  紀子の質問は私の心境と見事にシンクロしていた。  ええ、と奥さんは優しく微笑んだ。 「へぇーっ、赤羽って結婚でき……」  とまで言いかけて、紀子は慌てて口を塞いだ。 「大抵の生徒さんはみんなそうおっしゃるみたいですね」  奥さんの微笑みはまるで菩薩様のように柔和で、神々しくさえ映った。赤羽はこの奥さんの前でも学校にいるときのように仏頂面で嫌味ったらしく喋るのだろうか。 「えっと、私達赤羽先生のお見舞いに来たんです」 「あら、それはそれは。病室にいるはずですから一緒に行きましょうか」  奥さんと娘さんに先導されながら赤羽のいる五階の病室まで辿り着くことができた。  赤羽は六人部屋の真ん中のベッドに上体を起こした格好で文庫本を読んでいた。彼は足音に気付いて顔を上げ、一瞬口許を緩めた。が、私達の存在を知った途端、また口を真一文字に結んだ。 「なんだお前達か」 「何だってことはないでしょ、先生。せっかくお見舞いに来てあげたのに」 「お見舞いなら、まさか手ぶらと言うことはないだろうな」 「まぁ、何てこと言うの」  奥さんが赤羽を叱りつけた。すると赤羽はフフッと笑った。 「冗談だよ。お前達、よくここがわかったな。先生達には内緒にしておくように言ったんだが」 「そりゃ、大好きな赤羽先生のことですから、あらゆる情報網を張り巡らせて探し当てましたよ」
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加