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タトゥの女
錦糸町。東京スカイツリーが見下ろす繁華街。すぐ近くには中学校の校舎もあるというのに、ラブホテルが並んでいる。
女は寒空の下、ダッフルコートに身を包んでいた。ポケットに突っ込んだ手に、携帯電話のバイブを感じると、帽子の鍔の影で顔をしかめた。まだ長いタバコの火を残念そうに消し、携帯灰皿の中に葬る。
「はい、待ってたわよ」
浮ついた声をつくる。こうすると、電話の向こう側の相手が喜ぶのだ。線の細い右手に包まれた携帯電話は、通話のみができる簡素な端末。
「どこにいるんですか?」
通話音質もどこかチープで、古いラジオの奥から、男の声が聞こえてくるよう。
「固い言葉は使わないで」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、手を上げるわよ」
細く長い左腕が夜空を突いた。
すると、女の方に向かって足早に歩み寄る男がひとり。やがて、女と落ち合った。ヒールを履いた女の顔は、ちょうど男と目線が合う位置。結構な上背のある女だ。すらっとした肢体は、男のずんぐりむっくりとした体躯と対照的だった。
「時間は守る人で良かった」
目深に被った帽子の唾を少し捲り、男にだけその人相を見せる。
男は、はっと息を飲んだ。
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