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一四一五号室。
部屋番号が書かれた金色のプレートは少し黒ずんでいる。扉に刻まれた幾つもの傷が、このホテルの古さを強調している。廊下にはモスグリーンのカーペットが敷かれていて、お世辞にもセンスが良いとは言えない。
デパートのバイヤーという、流行を追い続けることを生業にしている筈の優(マサル)だが、理弥と会う時はいつもこのホテルのこの部屋を指定する。
前にそのことを尋ねたところ、「古きを知って新しきを知る、だよ」と言っていた。けれど本当は、誰にも会わないようにマイナーなところを選んでいるのだろう。見た目に似合わず、優は慎重派だ。
「いらっしゃい」
いつも通り控えめに四回ノックをすると、傷だらけの扉が内側に開いた。目の前には、精悍な顔つきの男……優が立っている。
優はその職業通り、お洒落な人だった。
黒シャツにライトグレーのチェック柄のパンツ。いつも足元は革靴だが、今日は既にスリッパに履き替えている。
少しだけ色を抜いた髪を、サイドを刈り上げ短くまとめている。少し浅黒な肌に狐のような鋭い眼。一八〇を超える背丈と、四十歳近い今も鍛えられているその細身の身体と、申し分ない「良い男」だ。
それに比べ、自分はなんて冴えないルックスなのだろう。理弥は優と一緒にいて、何度も嫌悪感に苛まれてきた。
余り背の高くない体は、筋肉が付きにくく筋張っている。直毛で、染髪に向かない髪。三白眼が嫌で、いつもPC用眼鏡をかけている。
服だけは、優に見立ててもらっているから悪くないと思う。今日は麻で出来た白シャツに薄くギンガムチェック柄が入っているダークトーンのジャケット。下もダークトーンの細身のジーンズ。典型的な大学生スタイルだ。
この服は、優に初めて買って貰った服だ。理弥は今日わざわざ、この服を選んできた。
最後の日だから、一番思い出のある服を着たかった。
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