過去と未来の狭間

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 知り合いではない生徒何人かが、大きな声で電話越しに恋人と喧嘩をしているとまるわかりな彼女をちらちらと見て通り過ぎて行くけれど、波瑠夏には、そんなことを気にする余裕もない。 「確かに浮気だけど、お前の方ね」  また、わけのわからないことを右の耳から聞かされる。 「は?」 「こっちが本命ってこと。つか、もう戻ってくるから、切るよ」 「え? ちょッ……!」 「ちょっと待って」と言い切る前に、あっさりと電話が切られた。  頭が無機物の固まりになったみたいだった。何も考えられなくなって、スマートフォンを持っているはずの手の感覚もなくなって、目は開いているのに、そこから入ってくる情報を処理することができない。しばらく、―――優に1分は、その場にぼうっと佇んで、頭の中も心の中も、何ひとつ整理ができないまま最初に思ったのは、 (バイト行かなきゃ)  だった。無断欠勤はマズイ。  こういう時、後も先も、周りに掛かる迷惑も、何も考えられなくなれたらいいのに、絶対にそうはなれない。凡人中の凡人から抜け出せないのはこういうところなのだろう。もちろん、それだけではないけれど。  バイト先のレンタルショップに着くと、制服である青色のエプロンを身につけ、いつも通り、淡々と仕事をこなした。  バイト仲間と上司の店長に、元気がない気がするがどうかしたのかと問われて、何でもないと答えた。数十分前に起こった出来事と、それによって知った事実を、この二人に話す気はなかった。  店長の板野は三十代前半の独身男性で、別に嫌な人ではない。たまに、趣味が理解できないデザインのズボンを穿いているときがあって、思わずやめるように忠告したくなるくらいで、普通の人。特別不満はない。小さな不満なら、ファッションセンス以外にもあるにはあるが、そんなのは、彼に限ったことではない。  入った時期が1ヶ月しか違わないバイト仲間の早坂(はやさか)好美(このみ)は「女の子」の代表のような性格をしている。ディズニーを筆頭にかわいいものとピンクと噂話が大好きで、自分をかわいく見せることに余念がなく、常にダイエットをしている。ただし、波瑠夏が見たところ、入ったころから体形は変化していない。正直、悪い娘(こ)ではないが好きにはなれない。口の軽さと、客や従業員たちに時折見せる媚びた仕草と口調が、どうしても彼女との間に距離をつくらせていた。
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