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我々の財政は極めて切迫している。
参考までに教えると、このアパート『メガハイツ』の家賃は月額十二万。年代物のオンボロ木造建築といえど流石は魔界都市東京、決して甘くない。二人分の収入を合わせても常にギリギリ生活だ。
じゃあもっと給料のいい仕事探すかバイト入れろよ、と思われるだろうが、そうもいかない。ヒーローという立場上、昼夜問わず暴れ回る悪人に対応するため、長い時間的拘束が必要な職種は基本的に向かないのである。
『怪人が出たのであとはお願いしまーす』
などとのたまって頻繁に持ち場を離れるやつに社会的信用などあろうはずもない。就職なんてもっての他だし日雇いもダメ。そういう意味じゃ自営業などが一番やりやすいが、あいにく店を開くだけの資本も資格もない。
ゆえに仕事は限られ、貧乏は必然。
「これも生きるためだ」
俺は定規とナイフでもってちくわを『適切な』長さに切り分け、そあらくんに手渡す。
「ちょっと! なんで私のぶんはこんなに短いのよ!」
「正当な分配だ。俺は今から働きに出るんだぞ。キミと俺とのエネルギー消費量には、歴然の差があるのだよ」
「失礼しちゃうわ!
私がヒキニートみたいな言い方やめてよ!」
彼女のほっぺがリスっぽく膨らんでいくが無視して、さっさと食事を済ませてしまおうとする。
しかしそれは許されない。
とつぜん水中に放り込まれたような感覚が襲う。かと思えば次の瞬間、俺の体はヘリウムガスの風船みたいにふわふわ浮かび上がって、天井に背をぶつけてしまう。
「ぐわ! そあらくん、やめたまえっ!」
「ふっふー! いい格好ね! バカにした罰として重力魔法でも食らってなさい。長いほうは私が食らうわ!」
こちらを見上げ、邪悪に微笑む魔法少女が、ちくわの長いほうをこれ見よがしに口にくわえる。
「ヒロインにあるまじき所業、見過ごすダイボーガーと思うな! このボディは無重力下にも対応している!」
人肌と同色同質の背部装甲がシャツを引き裂き、展開する。露出したブースターが火を吹き、俺は眼下の盗人めがけて一直線に突っ込む。俺達はもつれ合いながら、クソ狭い四畳一間をゴロゴロ転がり、やがて停止する。
「むぐぐ……はっ!」
気付けば俺と彼女の口はちくわで繋がっていた。
しかもこっちが押し倒すみたいな体勢になってるし、気まずい沈黙に触覚センサーは鋭敏化し、むずがゆい。
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