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こんな神々しい光景は生まれて初めてだ。
これだけの金があれば……
美人未亡人の大家さんに頭を下げて待ってもらっていた家賃の滞納分が払える。まるまる一年分残ってるバイクローンも返済してスッキリした後は、今までは考えられなかった豪勢なディナーにでも繰り出そう。
牛丼大盛、いや特盛。もう一声、汁だくとかにして、あとサラダと味噌汁いや豚汁もつけたい。
こんな贅沢三昧して誰かに恨まれないか!?
あと思い付くのは、まァ貯金かな。
酩酊感と共にリアルな映像データが思考回路に雪崩れ込む。頭がパンクしそうなのに、なぜか妙に心地よい。
「……根っからのクソ真面目でも催眠魔法のダイレクトアタックにかかれば、ひとたまりもない様子……」
ネダリーの声も、どこか遠く聞こえる。
そうだ、自分だけ良い思いをするのは流石に忍びないので、そあらくんも呼んでやってもいい。
ふと気になり、ぼんやりと霞む目でトライサンダーの方向を見やる。そあらくんはいつの間にやら自力で縄をほどいたらしく、敷石の上に落下したスマホに向かって這いずるように進みながら、震える手を伸ばしている。
意識が、急速に現実へと引き戻された。
「やめろっ、押すなーっ! 押したら破産だぞーっ!」
「……ちぇっ……」
ネダリーの舌打ちがハッキリと鼓膜に届き、俺は己が敵の術中に落ちていた事を悟る。
諭吉なんて一人もいない。幻覚だ!
俺は紙幣に埋もれていたのではなく、貯金箱ヘッドの怪物に握りしめられているのだ。
「うおおおおおっ変っ身!」
ポーズとベルト操作のプロセスを踏まずして、瞬時にダイボーガーへと変わる。この際、放出したエネルギー波によって、怪物の手のひらが粉微塵に爆砕。拘束から解放された俺は、限界出力でブースターを作動させる。
地面すれすれの低空飛行で、突き進む。
そあらくんのもとへ。
正確には、彼女のスマホのもとへ。
「DIEパァァァァンチッッ!」
渾身の拳が、敷石ごと、スマホを砕く。
「ああああ日吉号うううう」
運営がユーザーを弄ぶためだけに作ったシステムに、なおも踊らされ続ける魔法少女は、泣き叫ぶ。
「バカ、いい加減にしろ。こいつらは本来キミの敵じゃないのか? ほら立って、一緒にたたかっ……」
途端に全身が脱力し、うつぶせに倒れこんでしまう。なんという事だ、動かせん、指の一本すらも。
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