マフィアは孤独に恋を謀る。

50/186
767人が本棚に入れています
本棚に追加
/186ページ
 フレデリックが養父であるアドルフ(Adolf)の元に引き取られたのは六歳になった年のことだが、義務教育の過程中、長期休暇となれば必ず弟のクリストファー(Christopher)とともに合宿所へと送られた。おおよそ戦闘に関わる術(すべ)を身につけるその場所にあった寝台は硬く、しかもその上に寝袋のただ一つで就寝する苦痛をその時フレデリックは思い出したのだ。  もちろん、布団とベッドの差はさておき、そのほかの生活はその頃と今では比べるべくもない。  規則的な寝息をたて、ゆっくりと上下する胸の上に揺られながらフレデリックは苦い笑みを零す。寝起きの悪い辰巳は、フレデリックがその身を起こしても目を覚まさなかった。  無防備な寝顔を見つめ、目蓋にかかった黒髪を指先で梳き落とす。閉じた目蓋の奥にある呑み込まれそうなほど深い瞳を思い浮かべ、フレデリックは僅かに目を眇めた。  ―――僕のすべてをその目に映した時、キミはどんな顔をするんだろうね。辰巳…。  普段は粗暴な口ぶりで話す辰巳も、寝顔は穏やかだ。僅かに開いた唇に口付けを落としたフレデリックは、顔をあげてから自らの行為に驚くように動きを止めた。どうして口付けなどしたのだろうと、後になって考える。意識せず何かをすることに、フレデリックは慣れていなかった。  辰巳が寝ているのを良いことに、困ったように眉根を寄せて溜息を吐く。枕元に置かれた煙草が目について、思わず苦い煙が吸いたい気分に駆られて頭を振った。     
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!