マフィアは孤独に恋を謀る。

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 一言断りを入れてフレデリックが腰へと腕を回せば、女性客の頬がほのかに染まる。キャプテンになってまだ日も浅いフレデリックではあったが、百九十一センチの長身と天然物の金髪碧眼というルックスに洗練された所作が相まって人気は歴代のキャプテンをも凌ぐ凄まじさだ。二、三組の写真を撮る間には順番待ちの列が出来上がる。  およそ三か月をかけて世界を一周する船。しかもその乗客の殆どは、イギリスのサウサンプトンから乗船し、また同じ港へと帰港する。僅かな入れ替わりはあっても、一度のクルーズで乗船している客の数も顔ぶれも変わらないというのにフレデリックの姿を見れば乗客は寄ってきた。  飽きもせず写真…というよりも、腰や肩を抱かれる短い時間を目当てに寄って来る乗客を笑顔であしらい、”素敵なキャプテン”をフレデリックは演じ続ける。だがしかし、その頭の中はと言えば、あと一日で到着する寄港地の事で占められていた。  ―――早く辰巳に会いたい。  辰巳一意(たつみかずおき)。フレデリックと同じ三十二歳の日本人である。そして、フレデリックの恋人だった。  小柄な体格の多い日本人にしては珍しく、長身のフレデリックと並んでも遜色のない体躯の持ち主である辰巳の身長は百八十八センチ。何より特筆すべきは、その無駄のない躰つきと、すべてを呑み込んでしまいそうなほどの深い闇色の瞳だった。  美しいと、そう思った。一目見たその瞬間に。  そして何より、辰巳という男は素直だ。     
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