マフィアは孤独に恋を謀る。

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 呆れたように辰巳を眺め遣り、匡成が首を振った時だった。ドアをノックする音が響いて匡成の側近が動く。フレデリックよりも躰の大きな側近は、確か設楽(したら)という名前のはずだ。寡黙で、いつも静かに匡成の近くに控えている。  設楽がドアを開けた先に立っていたのは、デリバリーのものらしき大きなトレーを持った若い衆だった。 「お前ら、昼飯まだだろう」  そう言う匡成も昼食はまだだったのだろう、執務机から立ちあがる。さっさと目の前に座った匡成と、辰巳とフレデリックの前に設楽はお茶を出して再び壁際へと下がってしまった。 「いただきます」  行儀よく両手を合わせて日本式の挨拶をしたのは、この場で唯一日本人ではないフレデリックだけだった。辰巳も匡成も、身内の前で尽くす礼儀など持ち合わせてはいない。  ともあれフレデリックもそんな事は以前の滞在で慣れている。目の前に置かれた漆塗りのお重の蓋を持ち上げれば、ふっくらとした鰻がとても食欲をそそる香りを振りまいた。  しばしの間、フレデリックは他愛もない会話を交わしながら食事を楽しむ。だがしかし、そんな和やかな雰囲気がいつまでも続くはずもないことはフレデリックにも分かっていた。匡成がわざわざ辰巳を呼び出した以上、何かしらトラブルがあるのだろうと。     
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