第一章 女弁護士の最終確認

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 カツカツと音を立てて廊下を早歩きする弐野原ノエル。  面会専用出入り口までのわずかな距離すら我慢ならないとばかりに、総毛立った身体を両腕で抱くようにして歩を進める。  刑務官や守衛の欲望むき出しの雑念が、ノエルの心に無遠慮に入ってくるのがその理由と言いたいところだが、いまは違う。  今しがた面会を終えたばかりの服役囚日下部宣久の、寒々とした深淵をかいま見たためだ。 『……あれは人間じゃない。獣でもない。得体の知れない“物”そのもの』 〈〝そして、お前が長いこと深淵をのぞき込んでいると、深淵もお前の中をのぞき込む〟 要注意だよー、ノエルちゃん♪〉    インカムが装着してあるのか、弐野原ノエルがあたりをさっと見回し、ヒソヒソ小声で声の主に応じる。  面会人専用出入り口は目と鼻の先だ。退出時間を記入し、名札を外して番号札とともに返却すると、面会室に持ち込めないもの――携帯電話、ボールペン(ほかに、先端が鋭利と見なされるもの)、煙草ケース等とともに、真っ白なスプリングコートとくしゅくしゅ素材のライムグリーンのスカーフを返してもらった。
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