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「だからね? そういう話じゃないのよ、今してるのは。あんた音大でも行くの? 行けるの? プロにとまでは言わないけどせめて将来につながるようなレベルになってないならもっと役に立つ勉強しなさいって話してるのよ、わかる? あんたただでさえ成績悪いんだからもっとしっかりしてよね、ほんと」
唇を噛みしめて母親にすら何一つ言い返せないこのひとの、足元に力が入っているのが分かった。
震えてはいないけど仁王立ちっぽいその立ち方が、握りしめた二つの拳が、全然姉さんらしくなかった。
「だいたい今、何の曲練習してるんだっけ? 全然弾いてないからママそれすら知らないんだけど!」
「……えっと、ソナチネ、だけど」
「ほら! 高校生でソナチネならもう辞めてもいいくらいでしょ。橋本さんちの下のお子さんは小学生でもうソナチネやってたって言ってたわよ!」
姉さんが一瞬目を細めたのが、ここから見ても分かった。
「でも、あの、わたし……」
私はぬるくなったコーヒーを一口で飲み干して、姉さんのようやく絞り出した一言に十倍も二十倍も怒鳴りそうな母親の肩をぽんと軽く、叩いた。
「母さん。そんなんじゃまた血圧上がるよ」
「だってサナが、この子ったら全然練習もしないくせに」
「はいはい。分かってるって、分かってるよ母さんの言いたいことはさ。でもそれ、今すぐ結論って必要なことなの?」
「そりゃあ早いほうがいいじゃない、どうせこのまま続けたってモノにならないんだから」
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