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玄関の重たいドアに手をかける。
今日は鍵がかかっていなかった。
ゆっくりと引き開けた狭い空間には、黒い革靴がきちんと揃えて置いてある。
反射的にもう舌打ちしたくなったのを押し殺して、私は後ろ手にドアを閉めた。
「あっ、りーちゃん、おかえり」
音を聞きつけでもしたのだろう、姉さんがわざわざリビングにつながるドアを開けて声をかけてきた。
「ただいま」
「なんか遅かったね。ご飯、そろそろ食べようかと思って準備してたとこ。どこか寄ってたの?」
「ああちょっと、トモダチと」
ふうんと気の抜けたような返事をして姉さんはふわりと笑った。
「あっ、今レンジの音したかも。りーちゃんも早く手、洗ってきてね」
言われなくてもそうしますけど。と、頭の中で答えるより早く姉さんはキッチンの方へと消えていった。
ぱたぱたとスリッパの立てるやたら軽い音が三半規管をかき乱す。
その音が聞こえなくなってから、私はようやく靴を脱いで洗面所へと向かった。
石けんの荒い泡で手を洗ってから水を撫でるようにくぐらせる。
指先は特に念入りに、二回。
別に潔癖症なわけじゃない。
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