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相手の顔から視線を外せないまま立ち尽くす密の背中を叩き、スーツケースのハンドルを取った類が歩き出す。
「…場所を伝えたら、密が来てくれそうだったから」
「何だよそれ」
「何だろうね」
どんどん先へ行く類の表情を見ようとして密は歩を速めた。
「行こう、車持っていないからタクシーで行って、ホテルに荷物を置いたら…」
話しながら振り返った類が向こうからくる旅行客にぶつかりそうになるのを、密が腕を伸ばして防いだ。
「意外と危なっかしいな」
思わず笑った密につられて笑顔になった類の顔が、雨上がりの強い日差しに照らされて、密は既視感を感じた。
――音楽室で見た時にと同じ輪郭だ。あの時の春の光とは全然違うのに。
「紫外線が強いから、サングラスした方がいいよ」
類に促されて、密はポケットに入れていたサングラスを掛け直した。
「さっきまで大雨だったのに、強烈な日差しだな。いつもこんな天気なの?」
「そう、いつ降るか分からないし、降れば土砂降り」
「一週間しかないけど、明日は大丈夫かなぁ」
明日の事すらわからない、ましてや先の事なんて。
「降るけど、止む。ちゃんと止むから雨宿りしていれば大丈夫」
片手を上げてタクシーに合図を送る類の横顔は迷いがなかった。
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