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非常灯に照らされた幾つもの自家用車。
交通安全祈願のお守り。
チャイルドシート。
昇降シート付の軽自動車。
ダッシュボードに置かれたクレーンゲームの戦利品。
スーパーの買い物袋と粉ミルク。
運転席に転がる煙草の箱とオイルライター。
様々な人生の証を、和久井は胸に刻み込んでいった。
駐車スペースに整然と並ぶ車の色を眺め歩き、持ち主のそれまでの人生を想像する。
初心者マークの貼られたピンクの軽自動車の中を覗く。
ハンドバックにぶら下がった、大きな口を開けたサメのぬいぐるみとタブレット端末。
それらが、再び持ち主の体温を味わうことはないのだろうかと考えてみる。
声も出せずに消えた人々の残像は、至る所で見えていたのに、和久井は無視し続けていた。
特捜機動隊に配属されてからもそうで、聞き込み中のアパートの窓辺のパズルや、自転車かごのエコバッグ。
特捜本部のあった、都庁各フロアの誰も使わなくなったデスク。
机上の筆記用具とひざ掛け。
行動を共にした、各都道府県警察の関係者たち。
それらの人々の中にも、東京事象で行方不明になった親族がいる者は大勢いて、勤務中、あらゆる場面で『被害者家族の苦しみ』は話題にあがっていた。
和久井自身は、被害者家族としての感情を表すことはしなかったし、極力話題は避け続けていた。
何故なら、疎遠となった父がいなくなったことで、清々した感情が芽生えたのも事実で、そんな想いは日を増して和久井を苦しめた。
罪悪感に捉われまいと、我武者羅に働いた。
所詮はこんなものなのだ。
自己愛に浸りきった男は、虚言を張って父親を非難して、己を正当化する哀れな大人になっていた。
毛嫌いしてきた言葉が思わず漏れた。
『ひ弱な身体・・・』
すうっと心に溶けていく自分の声の後で、柱の傍に見えるパンプキンイエローの車の前で足がすくんだ。
『ひ弱な・・・身体・・・』
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