攻撃目標 江東臨海エリア

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和久井は父親との記憶を葬り棄てた。 完全に消去出来たと思い込んでいた。 それでも父親の車を目の前にして、心が記憶している想い出の比重の重さに立ち尽くしてしまった。 雨の日。 一度だけ乗せてもらった車の助手席で、和久井は一言も声を出せなかった。 高校の裏門手前で降ろされて、足早にその場を離れながらも振り返る。 父親の、パンプキンイエローの小型車はしばらく停車したままだった。 和久井はおもちゃみたいなこの車が嫌いで、それと不釣り合いな父親の性分も好きになれなかった。 ハンドル式の開閉窓と、まん丸のヘッドライト。 2ドアの時代遅れのガソリン車の思い出なんて、記憶の亡骸に過ぎない筈だー。 そう言い聞かせて車に近づく。 和久井は、ナンバープレートの番号を確認した。 父親がそこにいる気がした。 想い出が溢れ出る。 消去したはずの記録が・・・。 『言いたい事があるなら私の目を見てはっきり言ったらどうだ!』 反抗出来ずにいた頃に、浴びせられた言葉だった。 『ひ弱なのは身体だけだと思っていたが、なんて情け無い奴だ!』 死んでやると叫んだ日、殴られた後に言われた言葉だった。 和久井は、フロントガラスについた埃を手で拭い始めた。 棄てたはずの想い出が、ぼやけているのが悔しかった。 自らの手で、鮮明な記録を繋げ合せたくなっていた。 交通安全祈願の御守りと、色あせたオレンジ色のハンドル。 後部席に置かれた赤茶けたダレスバックと、ファイリングされたぶ厚い資料書。 父親らしい光景だった。 ダッシュボードに飾られた、控え目な家族写真がこちらを向いている。 父親と母親、そして幼い頃の和久井の微笑みは、小学校の入学式の記録。 その傍に固定された台座の上には、父親の大好きだったスコットランドウイスキーのミニボトルが飾られてあって、和久井は笑いながら呟いてしまった。 『何年モノだよ・・・』 思春期に、父親へ贈った最初で最後の誕生日プレゼント。 棄て去った埃まみれの記録の塊が、記憶となって想い出に変わる瞬間だった。
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