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『さてと、いかがなもんだろうか?』
割り当てられた出演者控え室の鏡に映る自分を見ながら、上念は小顔ローラーをそっと鞄にしまった。
褐色の肌に刻まれた皺は、見方を変えれば人生の勲章だと、40を迎えた頃に思うようにした。
白目は昔ほど青く澄んではいなくても、鶯色の入った瞳は、エキゾチックな雰囲気を漂わせて人々をを惹きつけた。
父親はスリランカ人、母親は日本人で、旧首都のコロンボで知り合ったというが、上念自身は自らの誕生秘話に興味はなかった。
独占欲が強くて、目立ちたがり屋な上念は、巧みな話術とその神秘的な外見を生かし、国際経済コラムニストを名乗って、タレント活動をする傍らで『東京サイケデリック・クリエイターズ』を立ち上げ、政界へ進出しようとしていた。
そんな折に出会ったのが野見山だった。
上念はふと思うことがある。
『流れに身を任すことこそが運命だ』
それは今も同じで、学歴を詐称し、身分を偽り続けていても窮地に立たされた経験はなく、万事穏やかに物事は粛々と進んでいた。
国際工科大学を中退し、オックスフォード大学へ進んだ経歴も、経産省に入省後に僅か2年で退職し、ベンチャー企業を立ち上げた過去も、自らが創り上げた虚構の代物。
本当の自分は大学中退後に起業して、多額の借金を背負った哀れな男なのだ。
それを知られることは『死』に等しく、上念は虚勢を張りながら経済と地政学を学んだ。
マスコミに登場するようになっても、彼の素性を暴こうとする者は現れなかった。
上念は鞄の中からタブレット端末を取り出して、そこに映る15人の顔写真を眺めながら呟いた。
『哀れだねえ・・・ほんと、哀れだねえ・・・』
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